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血環 ー西成ハグレモノー  作者: 京田 学
最終章 西成決戦
136/147

発起

一時間前、淀川河川敷。

深夜の風が、草をゆらし、遠くの川音と混じって耳の奥を刺す。その中に、百五十人近い無法者たちが群れていた。大麻やタバコの煙、笑い声、刺青。まるで暴力の見本市だった。


北村真澄が一歩前に出た。手に持ったマイクは、PAスピーカーに繋がれている。だが、声は通らない。群衆は騒ぎ、笑い、各々が勝手な主張を叫ぶ。


「今回集まってもらったのは、喧嘩のためだ。相手は西成、京絆連合――」


そう言いかけたが、間髪入れず野次が入る。


「はぁ? なんで俺らがそんなんやらなあかんのじゃ」

「お前ら散々ピンハネしといて何眠たいこというてんねん」

「やんのか、やらんのかハッキリせぇやぁ! 俺らは何回もあいつらんとこ粉かけにいっとんのによぉ!」


怒号。野次。煙草の火が飛び交う。その空気を切り裂くように、一つの動きが走った。


「ボケが! 独立した方がええ稼ぎ――」


そう言いかけた男の顎に、裏拳が突き刺さる――骨が砕ける音が、はっきりと聞こえた。


「……う、あ……」


男が、血を撒きながら倒れる。無言でそれを見下ろす男――弁髪に、痩せた輪郭、目に一点の光もない。


「お、おぉ……」

「誰や、あれ……」

「アホ、お前知らんのか。――李や」


―― 凱恩カイオン

北村真澄の懐刀。二つの闇金グループを管理し、素性は不明。STRAY DOGSで、秒殺を四つ持つ。誰も、その過去を知らない。聞かない。だが、誰も、逆らわない。


「真澄さん、甘いね……言って分からないやつは、こうね」


北村は何も言わない。彼が“もう戻れない側の人間”だと、確信しているから。


その時だった。地鳴りのようなエンジン音。黒のキャデラック・エスカレードが、河川敷に姿を現す。車が止まった瞬間、空気が変わる。

さっきまで騒いでいた男たちが、一斉に立ち上がった。


「お疲れ様です!」

「おつかれっす!」


頭を下げる。膝を折る。無法者たちに、“秩序”が生まれた。

運転席から、剛田理貴が降り立った。全身ブラックのセットアップに、指輪がいくつも光る。目が笑っていない。声も、魂のどこかが抜けたように淡々としていた。


「早よ呼べや真澄。こいつら、まとめれんの俺しかおらんの分かっとるやろ」


真澄が苦笑しながらうなずく。

剛田はゆっくりと前に出る。マイクを受け取るわけでもなく、ただ 声だけで黙らせた。


「お前らに、今日集まってもらったのは――ビジネスの話するためや。俺らは今日――西成を呑む」


突然の宣言に、無法者たちが目を合わせる。


「西成には、金が腐るほど転がっとる。薬、売春、貧困、訪販、保証人詐欺、年金口座――

でも、今は裏でしか動かれへん。ガラス越しに、滴り落ちる甘い汁を指咥えて見とるだけや」


剛田がほんの少し笑みをみせる。


「けど今回はちゃう。南雲一家が後ろにおる。シノギがバッティングせん限り、お咎めはなし」


その一言で、ざわついていた不良たちが一瞬静まった。


「しかもや、あいつらの専売でやってたブツ。あれにも、俺らが入れる。上物や。5・5で回す。パケも変わる。“フェニックス”の印つき。……意味分かるか?”一生極楽” いう意味や」


どよめき。目の色が変わる。金と薬の匂い。


「どこの路地でもやってええ。警察も見て見んフリや」


剛田の目が、ゆっくりと全体をなぞった。


「南雲はこの先、どんどんでかくなる。ミナミもキタも通過点や。北海道から沖縄まで、組の名前を刻むつもりや。これからは、ヤクザと共存できるやつだけがやっていける」


誰も動かない。剛田は、もう一歩だけ前に出た。声が低く、静かになる。


「時代はもう、“根性だけの不良”なんて欲しがってない。金がない奴は、捨てられて終わりや。でも――俺らは違う。俺は、不良でも稼ぐ力を持ってる。――どうや。無道に入って、生活変わったやろ」


数人が目を合わせて、無言で頷いた。


「なら、ついてこい! 俺についてきたら――金、力、女、薬、全部手に入る。全部や! 欲しいやつだけでええ。欲しい奴だけ、俺についてこい!!」


その一喝に、不良たちが爆発した。淀川の夜に、地響きのような歓声が轟いた。

何十台もの車とバイクが、爆音を上げて西成に向かって走り出す。

この夜、火は放たれた。


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