発起
一時間前、淀川河川敷。
深夜の風が、草をゆらし、遠くの川音と混じって耳の奥を刺す。その中に、百五十人近い無法者たちが群れていた。大麻やタバコの煙、笑い声、刺青。まるで暴力の見本市だった。
北村真澄が一歩前に出た。手に持ったマイクは、PAスピーカーに繋がれている。だが、声は通らない。群衆は騒ぎ、笑い、各々が勝手な主張を叫ぶ。
「今回集まってもらったのは、喧嘩のためだ。相手は西成、京絆連合――」
そう言いかけたが、間髪入れず野次が入る。
「はぁ? なんで俺らがそんなんやらなあかんのじゃ」
「お前ら散々ピンハネしといて何眠たいこというてんねん」
「やんのか、やらんのかハッキリせぇやぁ! 俺らは何回もあいつらんとこ粉かけにいっとんのによぉ!」
怒号。野次。煙草の火が飛び交う。その空気を切り裂くように、一つの動きが走った。
「ボケが! 独立した方がええ稼ぎ――」
そう言いかけた男の顎に、裏拳が突き刺さる――骨が砕ける音が、はっきりと聞こえた。
「……う、あ……」
男が、血を撒きながら倒れる。無言でそれを見下ろす男――弁髪に、痩せた輪郭、目に一点の光もない。
「お、おぉ……」
「誰や、あれ……」
「アホ、お前知らんのか。――李や」
――李 凱恩
北村真澄の懐刀。二つの闇金グループを管理し、素性は不明。STRAY DOGSで、秒殺を四つ持つ。誰も、その過去を知らない。聞かない。だが、誰も、逆らわない。
「真澄さん、甘いね……言って分からないやつは、こうね」
北村は何も言わない。彼が“もう戻れない側の人間”だと、確信しているから。
その時だった。地鳴りのようなエンジン音。黒のキャデラック・エスカレードが、河川敷に姿を現す。車が止まった瞬間、空気が変わる。
さっきまで騒いでいた男たちが、一斉に立ち上がった。
「お疲れ様です!」
「おつかれっす!」
頭を下げる。膝を折る。無法者たちに、“秩序”が生まれた。
運転席から、剛田理貴が降り立った。全身ブラックのセットアップに、指輪がいくつも光る。目が笑っていない。声も、魂のどこかが抜けたように淡々としていた。
「早よ呼べや真澄。こいつら、まとめれんの俺しかおらんの分かっとるやろ」
真澄が苦笑しながらうなずく。
剛田はゆっくりと前に出る。マイクを受け取るわけでもなく、ただ 声だけで黙らせた。
「お前らに、今日集まってもらったのは――ビジネスの話するためや。俺らは今日――西成を呑む」
突然の宣言に、無法者たちが目を合わせる。
「西成には、金が腐るほど転がっとる。薬、売春、貧困、訪販、保証人詐欺、年金口座――
でも、今は裏でしか動かれへん。ガラス越しに、滴り落ちる甘い汁を指咥えて見とるだけや」
剛田がほんの少し笑みをみせる。
「けど今回はちゃう。南雲一家が後ろにおる。シノギがバッティングせん限り、お咎めはなし」
その一言で、ざわついていた不良たちが一瞬静まった。
「しかもや、あいつらの専売でやってたブツ。あれにも、俺らが入れる。上物や。5・5で回す。パケも変わる。“フェニックス”の印つき。……意味分かるか?”一生極楽” いう意味や」
どよめき。目の色が変わる。金と薬の匂い。
「どこの路地でもやってええ。警察も見て見んフリや」
剛田の目が、ゆっくりと全体をなぞった。
「南雲はこの先、どんどんでかくなる。ミナミもキタも通過点や。北海道から沖縄まで、組の名前を刻むつもりや。これからは、ヤクザと共存できるやつだけがやっていける」
誰も動かない。剛田は、もう一歩だけ前に出た。声が低く、静かになる。
「時代はもう、“根性だけの不良”なんて欲しがってない。金がない奴は、捨てられて終わりや。でも――俺らは違う。俺は、不良でも稼ぐ力を持ってる。――どうや。無道に入って、生活変わったやろ」
数人が目を合わせて、無言で頷いた。
「なら、ついてこい! 俺についてきたら――金、力、女、薬、全部手に入る。全部や! 欲しいやつだけでええ。欲しい奴だけ、俺についてこい!!」
その一喝に、不良たちが爆発した。淀川の夜に、地響きのような歓声が轟いた。
何十台もの車とバイクが、爆音を上げて西成に向かって走り出す。
この夜、火は放たれた。




