開始
雨上がりの豊中・庄内。ネオンが濡れたアスファルトに滲んでいた。時刻は午前一時を回っている。
廃ビルの裏手、黒塗りのランドクルーザーの中で、北村真澄は一本のタバコに火をつけた。待ち人を前に、すでに三本。落ち着かない夜だった。
眼鏡の奥の目は鋭く、それでいてどこか諦めに似た静けさを帯びている。スマートな格好、整理された髪型。その胸の内には、暴力よりも冷酷な「知恵」が渦を巻いていた。
ほどなくして、遠くから見るからにごつい馴染みの顔がやってきた。
「会うてきたわ」
その一言で、車内の空気が変わった。北村の目が光る。
「……あのな、理貴。何回言えば分かる? ヤクザとこれ以上付き合うのは危ない」
剛田は反応しない。車内ですぐに火をつけ、煙を吐いた。灰が指に落ちる。
「関わらんのは無理や。あいつらは、金の匂い嗅ぎつけたらすぐ擦り寄ってくるヒルみたいな連中や」
「……それで何を言ってきたんだ。三崎は」
剛田は一拍置いた。まるで、口にするのを躊躇うように。だがすぐに、低く淡々と呟いた。
「 “京絆連合を潰せ”やと。連中、薬だけじゃ足りへんらしい。西成そのものを、丸ごと呑もうとしとる」
真澄の表情が、わずかに揺れた。薄い唇が動く。
「そんなことして、今の時代なんの意味がある?」
「しらん。ただ一つ言えるのは――」
剛田は、火の消えたタバコを灰皿に押しつけ、振り返った。
「――俺が食うたる。逆や。あいつらごと、全部食うたる」
静かな声だった。だがその声の奥には、底の見えないものがあった。怒りでも野望でもない。飢えだった。
「真澄……李よんどけ」
真澄は返事をせず、ただ前を見たまま次のタバコに火をつけた。




