局面
羽田空港。
クリスマスの夜。滑走路の灯が、しんしんと降る雪に霞んでいた。
スピリットは大成功だった。
慎吾は極真空手のブラジル王者を、三ラウンド途中でのハイキック一閃で沈めた。KO勝利。
日本中が歓喜の嵐、一躍スターダムへと駆け上がった夜だった。けれど、その成功が慎吾にとって何の意味もなかったことを、彼自身が誰よりも知っていた。
観客席で声をかけてきた柾木組の藤井に、曖昧に頭を下げたあと、 慎吾はすぐに裏口から会場を出た。一分一秒でも早く、ここを離れたかった。日本にいたくなかった。
空港のロビー、通話が終わった直後だった。
ズサッ。肩から滑り落ちたスポーツバッグが床に鈍い音を立てた。
周囲の乗客たちが振り向いた。
だが、誰ひとりとして、その場に崩れ落ちる男に声をかける者はいなかった。
「……嘘だ……なんで……」
かすれた声が喉の奥から漏れる。そのとき、もう涙は止められなかった。
ポケベルの画面に残された通知は、たった一行。
ひがしかわあい しぼう
文字は静かに、そこにあるだけだった。
しかしその文字は、心臓を何度も殴りつけるように、重かった。
――虫の声すら、どこか遠慮がちだった。
月の明かりが石畳に反射し、打ち水の残る庭園には、涼やかな夜気が漂っている。
グラスを持ったまま、的場が口を開いた。
「――オヤジ」
「加賀屋京志いうガキ……知ってはるんですか?」
三崎は煙を吐きながら、長い沈黙の後、わずかに口元を緩めた。
「ええぞ、……ええぞ……」
的場が目を細めた。剛田は黙っている。
「運命っちゅうのは、おもろいのぉ……役者が揃ったわ。剛田ぁ……きっちりケリ、つけたれや。――これはお願いやない。強制や」
剛田のグラスを置く音が、カツンと畳に響いた。
「いやや言うたら?」
その瞬間、三崎の空気が変わった。にじみ出たのは、もはやインテリの計算高い男のそれではない。全てを失った男が、その果てで手に入れた“むき出しの暴威”だった。
「バッティングしてへんから、では済まされへん。……お前らのシノギ、根こそぎ奪いとったる」
剛田は、黙って静かに立ち上がる。
睨むでも、媚びるでもなく――ただ、飲み込む。
「取り分は5:5やで」
振り返ることもなく障子をあけて出でいった。三崎はまた、静かに笑った。どこか満足げに、ゆっくりと酒をあおる。
障子の外では、風がまた枝を揺らしていた。だがその音すら、座敷には届かない。
宴は、すでに“次の局面”に入っていた




