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血環 ー西成ハグレモノー  作者: 京田 学
六章 バンコク・ゼロ
132/150

局面

羽田空港。

クリスマスの夜。滑走路の灯が、しんしんと降る雪に霞んでいた。

スピリットは大成功だった。

慎吾は極真空手のブラジル王者を、三ラウンド途中でのハイキック一閃で沈めた。KO勝利。

日本中が歓喜の嵐、一躍スターダムへと駆け上がった夜だった。けれど、その成功が慎吾にとって何の意味もなかったことを、彼自身が誰よりも知っていた。


観客席で声をかけてきた柾木組の藤井に、曖昧に頭を下げたあと、 慎吾はすぐに裏口から会場を出た。一分一秒でも早く、ここを離れたかった。日本にいたくなかった。


空港のロビー、通話が終わった直後だった。


ズサッ。肩から滑り落ちたスポーツバッグが床に鈍い音を立てた。

周囲の乗客たちが振り向いた。

だが、誰ひとりとして、その場に崩れ落ちる男に声をかける者はいなかった。


「……嘘だ……なんで……」


かすれた声が喉の奥から漏れる。そのとき、もう涙は止められなかった。

ポケベルの画面に残された通知は、たった一行。



ひがしかわあい しぼう



文字は静かに、そこにあるだけだった。

しかしその文字は、心臓を何度も殴りつけるように、重かった。





――虫の声すら、どこか遠慮がちだった。

月の明かりが石畳に反射し、打ち水の残る庭園には、涼やかな夜気が漂っている。

グラスを持ったまま、的場が口を開いた。


「――オヤジ」


「加賀屋京志いうガキ……知ってはるんですか?」


三崎は煙を吐きながら、長い沈黙の後、わずかに口元を緩めた。


「ええぞ、……ええぞ……」


的場が目を細めた。剛田は黙っている。


「運命っちゅうのは、おもろいのぉ……役者が揃ったわ。剛田ぁ……きっちりケリ、つけたれや。――これはお願いやない。強制や」


剛田のグラスを置く音が、カツンと畳に響いた。


「いやや言うたら?」


その瞬間、三崎の空気が変わった。にじみ出たのは、もはやインテリの計算高い男のそれではない。全てを失った男が、その果てで手に入れた“むき出しの暴威”だった。


「バッティングしてへんから、では済まされへん。……お前らのシノギ、根こそぎ奪いとったる」


剛田は、黙って静かに立ち上がる。

睨むでも、媚びるでもなく――ただ、飲み込む。


「取り分は5:5やで」


振り返ることもなく障子をあけて出でいった。三崎はまた、静かに笑った。どこか満足げに、ゆっくりと酒をあおる。


障子の外では、風がまた枝を揺らしていた。だがその音すら、座敷には届かない。


宴は、すでに“次の局面”に入っていた

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