本音
数日後。
撤去されたバラックの一角に、新しい木材と工具が届けられた。衛生用品、簡易ベッド、扇風機。そして、やけに洗練されたスーツの男が、笑顔でこう言った。
「初めまして、白水物産の三崎邦親です。こうして社会貢献の一環として……スラムの支援をできることを誇りに思います」
愛は一瞬、戸惑った。慎吾から話に出ていた「三崎」の名前と、いま目の前で「清廉な企業人」として振る舞うこの男が――結びつ かなかった。
彼の口ぶりは丁寧で、理想主義者のようだった。
「子どもたちの未来のため」
「この国の医療インフラの橋渡しとして」
まるで、彼女の理念をなぞるような言葉ばかりを口にした。
「支援は無償で結構です。私たちの企業の信用、それが最大の見返りですから」
愛は、少し救われた気がした。――信じたいわけじゃなかった。でも、何かにすがりたかった。慎吾に言えない“空白”。信じているからこそ伝えられない“孤独”。そこを、彼の申し出はやさしく埋めてくれた。
数週間後。
愛が三崎に連れられて、支援者たちとの食事会に参加した帰り道。
「三崎さんは……なんでここまでしてくれるんですか?」
彼はふっと笑って、夜の風にネクタイをほどきながら言った。
「うーん……あなたが泣いてたから、かな。……目が、泣いてた。初めて会った日から。一生懸命生きてる人を見逃すのは違う」
愛は返事をしなかった。ただ足元の砂を見つめていた。
三崎は最初、自分でも驚くほど冷静だった。
これはプレッシャーだ。山川会からの圧力、どう立ち回るか。慎吾という“駒”をどうやって興行に巻き込むか。そのために“愛”を利用する―― はずだった。
でも、彼女の“純粋さと強さ”に触れたとき、計算が狂い始めた。打算で動いてきた人生の中で、「一度壊されても、また立ち上がろうとする人間」を、彼は見たことがなかった。
夜のスラム。慎吾はサンドバッグを打ち続けていた。愛はその音を聞きながら、三崎からもらった建築資材の明細書を封筒に戻した。どちらにも、まだ嘘はない。
でも、それぞれの“本音”がすれ違いはじめたのは、たしかだった。




