交渉
銃を携えた軍服の護衛が部屋の両隅に立ち、無言の圧を放っている。部屋の奥、豪奢な革張りの椅子に沈み込むように座るジャッティが、葉巻をくゆらせながら低く言った。
「……なにか問題でもあったか? ミサキ」
三崎は一瞬、喉が鳴るのを感じたが、表情は崩さず一歩前に出る。
「単刀直入に言う。下請けの選定はあなたに任せる。
ただし、工賃は市場価格まで。社内の承認が下りない以上、それ以上は出せない。
代わりに、我々が新たに計画している工業団地――その周辺不動産案件で、あなたの関係者に優先的な権利を渡す。
この枠組みなら、十分な利益を確保できるはずだ」
ジャッティは、しばらく葉巻を回しながら煙を吐き、鋭く目を細めた。
「……ほう。お前に、そんな力があるのか?」
「可能だ。価格の整合性さえ取れれば、俺がねじ込む」
ジャッティは笑みを見せず、静かに言葉を重ねる。
「それで? その新規案件と、今回のキックバック。結局、俺たちの取り分にどんな違いがある?
それで何が変わる? アメリカの企業も、シンガポール政府も俺に声をかけてきてる。
――お前は何ができる? 俺に何を与える?」
三崎は一歩踏み込み、真っ直ぐジャッティの目を見た。
「……“利益”は俺だ。俺が、これからお前の力になる」
数秒の沈黙。
やがてジャッティが皮肉気に鼻を鳴らし、薄笑いを浮かべる。
「お前が利益? お前が俺の“力”になるってか?」
「そうだ」
葉巻を灰皿に押しつけながら、ジャッティが肩を揺らして笑う。
「お前、本当に日本人か? 普通、日本人はな、まずこう言うんだ―― “社に持ち帰って検討します”―― ってな」
声は低く、だが、はっきりと通る。三崎は目を逸らさない。
「俺は“自分の旗”で動いてる。白水の名前じゃない。俺自身が――看板だ」
静寂。
「必ず、お前にもっと大きな富をもたらす」
――その瞬間、ジャッティの笑いが止まった。目の奥の何かが変わったように、静かに立ち上がる。そして一歩近づき、肩に、手が置かれた。
「……本当に面白い。日本人にも、冗談を言える奴がいたとはな」
一拍、わざとらしく声を張った。
「もしも、お前の言葉が嘘だったら――俺は、お前を許さない」
三崎は黙って頷いた。
「――歓迎するよ、日本の、友よ」
背後の護衛が動き、隣室の扉が開かれる。そこにはすでに食事と酒が並び、香辛料の香りが立ち込めていた。宴が始まる。




