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血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
六章 バンコク・ゼロ
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交渉

銃を携えた軍服の護衛が部屋の両隅に立ち、無言の圧を放っている。部屋の奥、豪奢な革張りの椅子に沈み込むように座るジャッティが、葉巻をくゆらせながら低く言った。


「……なにか問題でもあったか? ミサキ」


三崎は一瞬、喉が鳴るのを感じたが、表情は崩さず一歩前に出る。

「単刀直入に言う。下請けの選定はあなたに任せる。

ただし、工賃は市場価格まで。社内の承認が下りない以上、それ以上は出せない。

代わりに、我々が新たに計画している工業団地――その周辺不動産案件で、あなたの関係者に優先的な権利を渡す。

この枠組みなら、十分な利益を確保できるはずだ」


ジャッティは、しばらく葉巻を回しながら煙を吐き、鋭く目を細めた。


「……ほう。お前に、そんな力があるのか?」


「可能だ。価格の整合性さえ取れれば、俺がねじ込む」


ジャッティは笑みを見せず、静かに言葉を重ねる。


「それで? その新規案件と、今回のキックバック。結局、俺たちの取り分にどんな違いがある?

それで何が変わる? アメリカの企業も、シンガポール政府も俺に声をかけてきてる。

――お前は何ができる? 俺に何を与える?」


三崎は一歩踏み込み、真っ直ぐジャッティの目を見た。


「……“利益”は俺だ。俺が、これからお前の力になる」


数秒の沈黙。


やがてジャッティが皮肉気に鼻を鳴らし、薄笑いを浮かべる。


「お前が利益? お前が俺の“力”になるってか?」


「そうだ」


葉巻を灰皿に押しつけながら、ジャッティが肩を揺らして笑う。


「お前、本当に日本人か? 普通、日本人はな、まずこう言うんだ―― “社に持ち帰って検討します”―― ってな」


声は低く、だが、はっきりと通る。三崎は目を逸らさない。


「俺は“自分の旗”で動いてる。白水の名前じゃない。俺自身が――看板だ」


静寂。


「必ず、お前にもっと大きな富をもたらす」


――その瞬間、ジャッティの笑いが止まった。目の奥の何かが変わったように、静かに立ち上がる。そして一歩近づき、肩に、手が置かれた。


「……本当に面白い。日本人にも、冗談を言える奴がいたとはな」


 一拍、わざとらしく声を張った。


「もしも、お前の言葉が嘘だったら――俺は、お前を許さない」


三崎は黙って頷いた。


「――歓迎するよ、日本の、友よ」


背後の護衛が動き、隣室の扉が開かれる。そこにはすでに食事と酒が並び、香辛料の香りが立ち込めていた。宴が始まる。

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