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血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
第2部五章 西成無道
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交代

南雲一家 本家事務所――葬儀の翌日

焼香の煙の匂いがまだ残る畳の部屋に、緊張が張り詰めていた。黒い礼服を脱ぎきれぬまま、幹部たちが正座で並ぶ。香典返しも配り終える前に――緊急幹部会が始まった。

中央には、若頭・三崎邦親。脇には、本部長・的場大聖の姿もある。

静寂を破ったのは、三崎の落ち着いた低音だった。


「当代が、こんなかたちで逝かはった。せやけど――こんな時こそ、俺らが団結せなあかん」


誰も返事をしない。三崎は視線を走らせた。顔を伏せる者、無言のまま目を閉じる者。

そしてひとり――柳川将司だけが、じっと三崎を睨んでいる。三崎は続けた。


「今は他の組織だけやない。半グレいう連中も、牙むいとる。ヤクザすらも食い荒らそうとしとるんや。ウチがまとまらんかったら……この苦境、乗り越えられへん。悲しんでばっかりも、いられへんのや」


空気が少しずつ変わる。その中で、若い幹部のひとりが、口火を切った。


「次の総長は、どうされますのや?」


目線が三崎に集中する。ざわつきはしない。ただ、誰もが固唾を飲んだ。

三崎は短く笑った。


「どうのこうの言うても始まらへん。順当に言うたら、カシラの俺やろ」


ゆっくり全員の反応を確認し続ける。


「当面は、俺が“こなし”させてもらうつもりや。身内がバタバタしとったら、外に舐められてまう――」


その言葉が終わる前に――柳川将司が立ち上がった。

顔は怒りに染まり、拳は震えている。


「……おい。待てコラ」


その声に、全員の背筋が伸びる。


「お前……よう言えるな。親殺しといて、次は総長のイスか」


室内の空気が凍りつく。三崎は、一瞬だけ柳川を見つめた。その目は――冷たい水面のように、揺れなかった。静かに、言葉を返す。


「……親殺したぁ?」


「あんた、今、俺が当代やった言うてるんか?」


柳川は何も言わない。ただ拳を握る。


「証拠、あるんか? どこにあるんや、そんなん。誰が見てたんや」


その目とその圧。数々の修羅場をくぐりぬけた柳川の目が泳ぐ


「俺を疑ったんやな、今」


少し、前に出る。


「おどれ俺を疑ったんか、って聞いとじゃぁぁ!」


静寂が走る。


「……ええか、オジキ。吐いたツバ、飲むなよ?」


柳川の呼吸が浅くなる。口を開きかけたが、何も言えない。あるのはただ――圧倒的な“支配”の空気だった。事務所の隅で、的場がゆっくり目を伏せる。

空気が変わった。場は、完全に三崎のものになっていた。

三崎はそんな柳川に背を向け、全体を見渡して宣言する。


「俺はな、この南雲一家を、西成に残していかなアカン思うてる。そのためにはな――もっと、稼げる組織にせなあかんのや。先代も、それをきっと望んでくれてるはずや」


――いつの間にか、“総長”が“当代”ではなく“先代”と呼ばれていた。


「これからの時代は変わる。ヤクザも、変わらな残られへん」


三崎は横を向いて、的場を見た。


「なぁ、的場」


的場は、静かに頷き――口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「……はい。そない思てます」


その刹那――柳川が崩れるように膝をついた。 

俯いたその顔には、怒りでも悲しみでもなく……敗北の色が、滲んでいた。

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