交代
南雲一家 本家事務所――葬儀の翌日
焼香の煙の匂いがまだ残る畳の部屋に、緊張が張り詰めていた。黒い礼服を脱ぎきれぬまま、幹部たちが正座で並ぶ。香典返しも配り終える前に――緊急幹部会が始まった。
中央には、若頭・三崎邦親。脇には、本部長・的場大聖の姿もある。
静寂を破ったのは、三崎の落ち着いた低音だった。
「当代が、こんなかたちで逝かはった。せやけど――こんな時こそ、俺らが団結せなあかん」
誰も返事をしない。三崎は視線を走らせた。顔を伏せる者、無言のまま目を閉じる者。
そしてひとり――柳川将司だけが、じっと三崎を睨んでいる。三崎は続けた。
「今は他の組織だけやない。半グレいう連中も、牙むいとる。ヤクザすらも食い荒らそうとしとるんや。ウチがまとまらんかったら……この苦境、乗り越えられへん。悲しんでばっかりも、いられへんのや」
空気が少しずつ変わる。その中で、若い幹部のひとりが、口火を切った。
「次の総長は、どうされますのや?」
目線が三崎に集中する。ざわつきはしない。ただ、誰もが固唾を飲んだ。
三崎は短く笑った。
「どうのこうの言うても始まらへん。順当に言うたら、カシラの俺やろ」
ゆっくり全員の反応を確認し続ける。
「当面は、俺が“こなし”させてもらうつもりや。身内がバタバタしとったら、外に舐められてまう――」
その言葉が終わる前に――柳川将司が立ち上がった。
顔は怒りに染まり、拳は震えている。
「……おい。待てコラ」
その声に、全員の背筋が伸びる。
「お前……よう言えるな。親殺しといて、次は総長のイスか」
室内の空気が凍りつく。三崎は、一瞬だけ柳川を見つめた。その目は――冷たい水面のように、揺れなかった。静かに、言葉を返す。
「……親殺したぁ?」
「あんた、今、俺が当代やった言うてるんか?」
柳川は何も言わない。ただ拳を握る。
「証拠、あるんか? どこにあるんや、そんなん。誰が見てたんや」
その目とその圧。数々の修羅場をくぐりぬけた柳川の目が泳ぐ
「俺を疑ったんやな、今」
少し、前に出る。
「おどれ俺を疑ったんか、って聞いとじゃぁぁ!」
静寂が走る。
「……ええか、オジキ。吐いたツバ、飲むなよ?」
柳川の呼吸が浅くなる。口を開きかけたが、何も言えない。あるのはただ――圧倒的な“支配”の空気だった。事務所の隅で、的場がゆっくり目を伏せる。
空気が変わった。場は、完全に三崎のものになっていた。
三崎はそんな柳川に背を向け、全体を見渡して宣言する。
「俺はな、この南雲一家を、西成に残していかなアカン思うてる。そのためにはな――もっと、稼げる組織にせなあかんのや。先代も、それをきっと望んでくれてるはずや」
――いつの間にか、“総長”が“当代”ではなく“先代”と呼ばれていた。
「これからの時代は変わる。ヤクザも、変わらな残られへん」
三崎は横を向いて、的場を見た。
「なぁ、的場」
的場は、静かに頷き――口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「……はい。そない思てます」
その刹那――柳川が崩れるように膝をついた。
俯いたその顔には、怒りでも悲しみでもなく……敗北の色が、滲んでいた。




