刺客
三カ月後――深夜二時過ぎ。
黒塗りのレクサスLSが、ミナミから西成へ向かっていた。
ハンドルを握るのは南雲一家本部長・的場大聖。助手席には相談役の柳川将司、後部座席には、総長・方時正が乗っている。
車内にはシートに沈んだタバコの煙と、重苦しい沈黙。
方が、静かに口を開いた。
「義理事もこない重なったら……ほんま、大変やで」
柳川は軽く目を細めて、苦笑混じりに返す。
「そうでんな……若い衆も詰まっとるし、ラウンジの収益もまた、落ちとるらしいですわ」
「ほうか」
方はそれだけ言うと、窓の外を流れる町の灯を無言で見つめる。
柳川が、少し口調を明るくした。
「けど、もうすぐ菊花賞でっせ。あっこで、でかい金が動きますわ」
「ほな若いもんに発破かけとけ。……小遣い、弾んだるいうてな」
「へい」
――そのときだった。太子交差点を曲がった先、車のヘッドライトが一人の男を照らした。道のど真ん中に、若い男が立っている。シャツの下から骨ばった胸が透けて見える。ガリガリに痩せこけ、目は虚ろ。生気がまるでない。首には、くたびれた黒い革のチョーカーが、まるで首輪のように食い込んでいた。
「なんや、あいつ?」
眉をひそめながら前を睨みつけた柳川が、鼻で笑った。
「……シャブ中か」
沈黙を守っていた的場が、静かに言った。
「食ってますね」
「止めんな的場。そのまま行けや」
的場は答えず、ブレーキに足をかけかけて……やめた。タイヤを縁石に軽く乗せて、男をよけるようにハンドルを切る。
そのときだった。
異音と共に、右側の後部座席のドアがいきなり開いた。
「なんやっ」
方の怒声。
そして、包丁の刃が――光を裂いた。
ズブッ。ズブズブズブ――。胸に一突き、二突き、三、四。容赦なく、深く。
方の体が跳ねた。白いシャツが一瞬で赤黒く染まり、喉からくぐもった音が漏れる。
柳川が叫んだ。
「おい!! おいおいおいっ!! なんしてんねん的場ァ!! 止めんな言うたやろがァ!!」
男は、包丁を持ったままフラフラと離れていく。酔ったような足取りで、夜の西成に溶けるように消えていった。
車内は、地獄のような静けさに包まれた。
方の荒い呼吸。血の匂い。柳川の焦った息づかい。
そして――動かない的場。バックミラー越しに、男の消えた方向をじっと見つめたまま。
柳川が怒鳴った。
「おい!なんで止めとんねん! ワシ、止めんな言うたやろが!! はよ追いかけんかい!!」
的場はようやく言葉を絞り出す。
「すんません。勝手に、止まってもうて――」
その声は、動揺とも、恐怖ともつかない。妙に落ち着いていた。
柳川はその顔を怒鳴りつけようとして覗き込んだ――が、声が詰まる。胸の奥に、うっすらとした違和感が灯る。一瞬だけ――ほんの一瞬だけ。柳川の背筋を、冷たい風が走った。




