表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
第2部五章 西成無道
101/123

名前

次の日、夕方。

曇天の空がじんわりと街を染め始める頃、カクがバイクを降りて息を切らせながらやってきた。


「ダメっすね。全然情報入んないっす」


京志たちの前に立ち、肩を落とす。


「無道って名前だしたら、皆びびっちゃうんですよ。でもやっぱりチームの名前だけは相当売れてるみたいっす。ただ、実態は誰も知らないんす」


「名前だけが売れてるチームか……」


京志が呟く。


「 “西成無道”って名前。それと山王・花園・西成中央の三校の不良が集まってできたってことぐらいで。今はもう、西成の外でもかなり広範囲で活動してるようで、溜まり場とかもまったく読めないっす。むしろ集まってんのかどうなんかも……」


「そうか」


竜が静かに目を伏せる。


「剛田理貴ってやつの情報は?」 


その名前が宙に浮いた途端、カクの眉間が動いた。


「剛田? ――剛田理貴⁉」


間があってから、驚愕の声を上げる。


「知ってるか? って、知らないんすか竜さん⁉」


竜がわずかに眉をひそめた。


「知らん」


カクは素で目を見開いて、両手を広げた。


「いやいやいやいや! 剛田理貴って言ったら、STRAY DOGSのチャンピオンっすよ! むしろなんで知らないんすか!」


カクは興奮した様子で、口の端から唾を飛ばし捲し立てる。


「地下格闘技団体っす。街の不良や族、ギャングの喧嘩自慢が集まるリング。しかも、運営も仕切ってるって話で……。“誰も喧嘩売ってこないからやってる”とか、“無敗のまま数年”とか……とにかく、カリスマ中のカリスマっすよ!!」


だが、竜も、春也も、一平も――反応がない。その沈黙に、カクがあきれたように首を振った。


「マジかよ……有名っすよ、最近のとっぽいやつらの間じゃ……」


「とっぽい……? ストレイ……? なんやそれ」


京志が真顔で返す。春也が小さく笑って言った。


「お前の常識が、世間の常識やと思うなよ。世の中変わってきとんねん。あれ見てみぃ」


少し離れた路地に、新しく設置された防犯カメラが無言でこちらを睨んでいる。


「西成特区構想……最近じゃ、〝西成にも〟、あんなんついとんねん」


江藤は防犯カメラを逆に睨み返し、小石を足で蹴った。


「小奇麗になってくんは別にええけど、監視されてるみたいで落ち着かんわ。誰が誰見張っとんねんって話や」


「いや、お前は手癖悪いからしゃーない」


一平の一言で一瞬、場が和む――が、すぐに空気は冷える。


「STRAY DOGSは表じゃ見えへんリングっす。選手の顔バレNG、観客もヤバいのばっか。写真・動画の持ち込み禁止、ネット配信もゼロ。街の噂がすべてっすよ。実態は、影の中にあるっちゅう感じですわ」


「なんやそれ、ますます意味わからんな。喧嘩したいんなら、スプレー描いとる暇あったらさっさと来いや、って話やろ」


小野原の声が、いつになく低かった。


「それが今のやり方なんやろ」


春也が、今度は公園に設置された防犯カメラを顎でしゃくる。


「西成特区構想......街を綺麗にするんわええことや。

せやけど、光が強なれば影も濃くなる」


春也の視線が、路地裏の暗がりへと向けられる。


「表通りから追い出された連中は、地下に潜ってより凶悪になる。『STRAY DOGS』....その歪みが生んだ場所ってわけか」


「......なるほどな」


京志が低い声で唸った。


「街が『前に進もう』とすればするほど、置き去りにされた連中は意地でもしがみつく。......厄介な話や」


いつになく真剣な京志の言葉に、カクが帽子を直しながら軽く頷いた。


「とにかく、剛田の線から引っ張ってみますわ。――ほな、行ってきます!」


言うが早いか、背を向けて歩き出した。

その場には、しばらく沈黙だけが残った。


剛田理貴――その名前の重みだけが、妙に静かに、空気を締めつけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ