名前
次の日、夕方。
曇天の空がじんわりと街を染め始める頃、カクがバイクを降りて息を切らせながらやってきた。
「ダメっすね。全然情報入んないっす」
京志たちの前に立ち、肩を落とす。
「無道って名前だしたら、皆びびっちゃうんですよ。でもやっぱりチームの名前だけは相当売れてるみたいっす。ただ、実態は誰も知らないんす」
「名前だけが売れてるチームか……」
京志が呟く。
「 “西成無道”って名前。それと山王・花園・西成中央の三校の不良が集まってできたってことぐらいで。今はもう、西成の外でもかなり広範囲で活動してるようで、溜まり場とかもまったく読めないっす。むしろ集まってんのかどうなんかも……」
「そうか」
竜が静かに目を伏せる。
「剛田理貴ってやつの情報は?」
その名前が宙に浮いた途端、カクの眉間が動いた。
「剛田? ――剛田理貴⁉」
間があってから、驚愕の声を上げる。
「知ってるか? って、知らないんすか竜さん⁉」
竜がわずかに眉をひそめた。
「知らん」
カクは素で目を見開いて、両手を広げた。
「いやいやいやいや! 剛田理貴って言ったら、STRAY DOGSのチャンピオンっすよ! むしろなんで知らないんすか!」
カクは興奮した様子で、口の端から唾を飛ばし捲し立てる。
「地下格闘技団体っす。街の不良や族、ギャングの喧嘩自慢が集まるリング。しかも、運営も仕切ってるって話で……。“誰も喧嘩売ってこないからやってる”とか、“無敗のまま数年”とか……とにかく、カリスマ中のカリスマっすよ!!」
だが、竜も、春也も、一平も――反応がない。その沈黙に、カクがあきれたように首を振った。
「マジかよ……有名っすよ、最近のとっぽいやつらの間じゃ……」
「とっぽい……? ストレイ……? なんやそれ」
京志が真顔で返す。春也が小さく笑って言った。
「お前の常識が、世間の常識やと思うなよ。世の中変わってきとんねん。あれ見てみぃ」
少し離れた路地に、新しく設置された防犯カメラが無言でこちらを睨んでいる。
「西成特区構想……最近じゃ、〝西成にも〟、あんなんついとんねん」
江藤は防犯カメラを逆に睨み返し、小石を足で蹴った。
「小奇麗になってくんは別にええけど、監視されてるみたいで落ち着かんわ。誰が誰見張っとんねんって話や」
「いや、お前は手癖悪いからしゃーない」
一平の一言で一瞬、場が和む――が、すぐに空気は冷える。
「STRAY DOGSは表じゃ見えへんリングっす。選手の顔バレNG、観客もヤバいのばっか。写真・動画の持ち込み禁止、ネット配信もゼロ。街の噂がすべてっすよ。実態は、影の中にあるっちゅう感じですわ」
「なんやそれ、ますます意味わからんな。喧嘩したいんなら、スプレー描いとる暇あったらさっさと来いや、って話やろ」
小野原の声が、いつになく低かった。
「それが今のやり方なんやろ」
春也が、今度は公園に設置された防犯カメラを顎でしゃくる。
「西成特区構想......街を綺麗にするんわええことや。
せやけど、光が強なれば影も濃くなる」
春也の視線が、路地裏の暗がりへと向けられる。
「表通りから追い出された連中は、地下に潜ってより凶悪になる。『STRAY DOGS』....その歪みが生んだ場所ってわけか」
「......なるほどな」
京志が低い声で唸った。
「街が『前に進もう』とすればするほど、置き去りにされた連中は意地でもしがみつく。......厄介な話や」
いつになく真剣な京志の言葉に、カクが帽子を直しながら軽く頷いた。
「とにかく、剛田の線から引っ張ってみますわ。――ほな、行ってきます!」
言うが早いか、背を向けて歩き出した。
その場には、しばらく沈黙だけが残った。
剛田理貴――その名前の重みだけが、妙に静かに、空気を締めつけていた。




