五分
それから数日後。
曇った空の下、三崎邦親は静かに煙草に火をつけた。
南雲一家の屋敷。裏手の一室で、彼は一人、ゆっくりと煙を吐き出す。視線の先には何もない。ただ、その胸中には、すでにすべての駒が見えていた。
――三崎は、暴対法を見越していた。国家がヤクザを狩るのなら、ヤクザの看板に頼らぬ「使い捨ての兵隊」を用意する。それが彼の結論だった。
本職の人間には一切手を汚させず、裏の人間にも「名前」を与えない。代わりに、金と薬と“役割”だけを与える。
その最前線に立たされるのが、才だった。
神谷才もまた、使い捨ての駒にすぎない。
だが才には、それを拒む自由さえ与えられていなかった。三崎の目的は単純だった。
才に、才を信じたがる「仲間」を作らせる。そして、その“仲間たち”を使って、薬を売らせ、殺しをさせ、口を封じさせる。才の存在ごと、南雲一家の穢れを全部引き受ける「黒い器」にすること。
そして本命は、その先にある。
――日本最大の広域暴力団山川会への鉄砲玉
全ては自分が暴力の頂点に立つため。そのためだけに全てを利用し、奪い生き抜いてきた。
まず手始めに南雲一家総長”方時正”
だが、自分の手は、一切汚さない。ただ指を一本、動かすだけでいい。
「……才。一人、兵隊を回せ」
そう告げたのは、ほんの数日前だった。総長を殺すために必要な、“一滴の血”を与える。それが才の役割だった。
剛田理貴は、あっさりと“合格”した。
一週間で1kgのスピンを捌ききり、現金を揃えて持ってきた。
「これで5:5のビジネスっちゅうことでええな?」
そう言った剛田の目からは自分に似た野心を感じた。
「まぁ、ええ付き合いしてこやないか」
そう告げた三崎の声には、もう色も温度もなかった。
才は既に返せる言葉を持たなかった。
剛田が薬を売っている間、才は何もできなかったからだ。ただ警察の追手から身を隠し、生きる日々。
「お前は、何ができんねん?」
三崎のその問いに、才は何も答えられなかった。
従う以外の選択肢が、彼にはもうなかったのだ。そうして、才はまた一歩、戻れない道を進もうとしている。
絆を信じたかった少年が、いつの間にか、絆を食い物にする側に立たされていた。だが、それでも才は――三崎に愛されたくて仕方がなかった。




