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血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
第2部五章 西成無道
102/124

五分

それから数日後。

曇った空の下、三崎邦親は静かに煙草に火をつけた。

南雲一家の屋敷。裏手の一室で、彼は一人、ゆっくりと煙を吐き出す。視線の先には何もない。ただ、その胸中には、すでにすべての駒が見えていた。


――三崎は、暴対法を見越していた。国家がヤクザを狩るのなら、ヤクザの看板に頼らぬ「使い捨ての兵隊」を用意する。それが彼の結論だった。


本職の人間には一切手を汚させず、裏の人間にも「名前」を与えない。代わりに、金と薬と“役割”だけを与える。


その最前線に立たされるのが、才だった。


神谷才もまた、使い捨ての駒にすぎない。

だが才には、それを拒む自由さえ与えられていなかった。三崎の目的は単純だった。


才に、才を信じたがる「仲間」を作らせる。そして、その“仲間たち”を使って、薬を売らせ、殺しをさせ、口を封じさせる。才の存在ごと、南雲一家の穢れを全部引き受ける「黒い器」にすること。


そして本命は、その先にある。



――日本最大の広域暴力団山川会への鉄砲玉



全ては自分が暴力の頂点に立つため。そのためだけに全てを利用し、奪い生き抜いてきた。


まず手始めに南雲一家総長”方時正”

だが、自分の手は、一切汚さない。ただ指を一本、動かすだけでいい。


「……才。一人、兵隊を回せ」


そう告げたのは、ほんの数日前だった。総長を殺すために必要な、“一滴の血”を与える。それが才の役割だった。


剛田理貴は、あっさりと“合格”した。

一週間で1kgのスピンを捌ききり、現金を揃えて持ってきた。


「これで5:5のビジネスっちゅうことでええな?」


そう言った剛田の目からは自分に似た野心を感じた。


「まぁ、ええ付き合いしてこやないか」


そう告げた三崎の声には、もう色も温度もなかった。


才は既に返せる言葉を持たなかった。


剛田が薬を売っている間、才は何もできなかったからだ。ただ警察の追手から身を隠し、生きる日々。


「お前は、何ができんねん?」


三崎のその問いに、才は何も答えられなかった。

従う以外の選択肢が、彼にはもうなかったのだ。そうして、才はまた一歩、戻れない道を進もうとしている。


絆を信じたかった少年が、いつの間にか、絆を食い物にする側に立たされていた。だが、それでも才は――三崎に愛されたくて仕方がなかった。

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