↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
第四幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/38

06 心臓をブチ破れ

 静まり返った〝時空の管理者〟の体内に、わたしとカズキの足音──というか、柔らかくて多少の弾力性がある物を踏み付けた際の、グニャグニャグチャグチャいう音が小さく響く。


 ぼんやり光る小さな球体が、わたしの鼻先を掠めてゆっくり横切った。


「ねえカズ君……これ一体何なんだろ。蛍でも乳酸球菌でもないよね?」


 カズキは足を止めると、自分の近くを漂う球体に、そっと左手を伸ばした。


「さ、触って大丈夫?」


 カズキは答えず、中指の先に止まった球体を瞬き一つせずに見据えている。


 わたしも真似して、一番近くにあった球体にそっと触れて、じっと目を凝らしてみた。……目玉とか模様とかが見えるわけでもない。さっぱりわからない。


「多分、害はないよね?」


「……ああ……そうだな」


「どうしたの?」


「いや……何でもない。探そう」


 いや、絶対何かあったでしょ。尻がどうこう言っていた時と打って変わって、急に元気なくなったじゃない。


 もやもやするけど、とりあえず脱出が優先。ここが本当に〝時空の管理者〟の体内だとしたら、いずれ消化されちゃって、本当に尻から出る事になるかもしれない……いやもう想像したくもないよ!!


「ねえ、もしここが胃の中だとしたら、食道を登らなきゃ口には辿り着かないんじゃない? 食道っぽいの探そうよ」


「人間と同じ造りだとは限らないぞ」


「えー、それじゃあ心臓もないとか?」


「決して不死身ではないからな……心臓そのものはなくとも、それに該当するような器官があってもおかしくはない──」


 わたしたちは顔を見合わせると、互いに人差し指を突き出した。そうだ……それだ!


「外から攻撃しても駄目なら、中からだよ! 脱出出来ても、こいつが生きてれば、遅かれ早かれまたここに逆戻りだもんね!」


「今度こそ武器が役に立ちそうだな」


 わたしはニッと笑って、ショルダーバッグを軽く叩いた。今ではこの重さと凸凹感が頼もしい。


「よし……どのみち探さないとだね。一目でわかればいいんだけどな。赤っぽいとか、脈打ってるとか、チラシの裏に赤ペンで『心臓』って書いて貼ってあるとか」


「……駄目元で聞いてみるか」


「え?」


 どうするつもりかと思えば、カズキは一番近くにいた謎の球体に近付いていった。


「知っていたら教えてほしい。この化け物の心臓、あるいはそれに該当するものは何処にある?」


 謎の球体は、わたしたちの前方へとゆっくり飛んでいった。周りの他の球体たちも、後を追うように続く。


「行こう」


「え、待って。話通じたの? 凄いんだけど。あれって生き物?」


「最初に俺が触れた個体は、一九七七年の冬の東京で両親と暮らす、小学生の女の子だった」


「え?」


「学校でいじめに遭っていたが、自分が置かれた状況をほとんど理解出来ないままループを繰り返し、その度に真面目に学校に通っていた。俺は、彼女とどうやって接触しようか、どう説明すれば理解されるかとずっと悩んでいた。

 だがある時、俺が目を離した隙に、あの子は〝時空の管理者〟に気付き、好奇心から走って近付いてしまった……止める間もなかったよ」


 ああ……この子は一体どれだけの悲劇を目の当たりにしてきたの? どれだけのものを背負ってきたの? 本来はただの高校生、まだ子供だというのに……!


「ここには俺が救えなかった人たちも、俺がこうなるより前にループを繰り返した人たちもいるようだ。もたもたしていたら、いずれ俺たちも同じような姿になるだろうな」


「そんな事にはならない」わたしはカズキの目を見てはっきり言った。「そうなる前に、このブヨブヨスライス野郎の息の根を止めてやるから」


 決めた。この子だけは絶対に、元の時間軸に戻す。アホの養父母なんてとっとと見捨てて、他者の人生とか生き死になんて何にも背負わず、楽しく生きてほしいから。




 大して進まないうちに、行き止まりになった。謎の球体たちは、わたしたちに道を開けるかのように、左右に避けた。


「え……と、何の変哲もない感じだけど」


 困惑するわたしをよそに、カズキは迷わず壁に触れた。


「……振動している」


「え?」


「触ってみろ」


 言われた通りにしてみた。うへぇ、グニャグニャして気持ち悪い。けれど、確かに小さく規則的に振動している……というよりも……


「別の場所の振動が伝わってきている?」


「そうみたいだな」


 好奇心と焦りから、ついつい周りをキョロキョロ。でも何にも見当たらない。


「そうか……」


 カズキは一度手を離して拳を作ると、壁に思い切り叩き付け……あれ、埋もれた!?


「だ、大丈夫!?」


「恐らくこの向こうだ。手伝ってくれ」


「ええ? りょ、了解!」


 二人で柔らかい壁に手を突っ込みながら無理矢理掻き分けていると……僅かに出来た隙間から、別の空間が見えた!


「入るぞ」


 手だけじゃなく肩や足まで使って、元の形状に戻ろうとするグニャグニャを何とか押さえ付けながら、ゆっくり中へ。


 先に向こう側へ出たカズキが、モタモタしていたわたしの左手を引っ張ってくれた。痛いくらい強い力なのに、安心感が勝るなあ……なんて事を考えちゃって、ちょっと気が緩んだら、危うくコケそうに。


「……っとと。ごめん、有難う」


「あれを見ろ」


「え……?」


 わたしたちが侵入した空間は、だいたい二〇帖くらいはありそうな広さだった。


 そして、その最奥。わたしたちの頭より少し高い位置に……


 まるで巨大化した梅干しのような、リンゴ飴のような……そう、紅くて大きくてちょっと歪な球体が、ドクンドクンと脈打っていた。同じ色合いの長い管のようなものが何本も生えていて、壁まで張り巡らされている。

 

「あれ……これって、もしかして……」


「心臓……みたいだな」


 自然と早足で、わたしたちは紅い球体の真下まで接近した。


 人間の心臓のような生々しさやグロテスクさはないけど、それでも何だか不気味。ちょっと落ち着かない気分を紛らわせるように、わたしはショルダーバッグを両手で抱えた。


 カズキが爪先立ちになって、紅い球体に手を伸ばす。……中指の先端が届きそうで届かないのが、もどかしい!


「くっ……無理だ」


「あの血管みたいなのをぶった斬って、下に降ろせないかな」


「一番下のなら、何とか届きそうだが……一本だけではな」


 紅い球体に夢中で、わたしたちは背後から静かに迫る第三者の存在に気付かなかった。


「よし、じゃあカズ君がわたしを肩ぐ──」


 いきなり左腕を後ろに引っ張られたわたしは、そのあまりの力強さに、バランスを崩してよろめいた。


「え……?」


 わたしの左腕に、壁や地面と同じ黒いグニャグニャが絡み付いている。わたしの腕よりも少し太くて、まるで吸盤を全部取ってしまったタコの足のよう。


「何これ! 触手!?」


 それは、わたしたちが侵入した箇所から伸びてきていた。


「クソッ!」


 カズキがわたしの腕から触手を引き剥がそうとするけど……刺客は一本だけじゃなかった。どんどん、何本も伸びてくる!


「カズ君、駄目!」


 わたしは触手に背中を向けて、カズキを庇うように立った。直後、両手両足に、気持ち悪い感触。咄嗟に、右手でショルダーバッグをカズキの足元に放った。


「カズ君頼んだ!」


 巻き付いた触手に体が引っ張られ──抵抗虚しく、わたしは後方に放り投げられ、地面に叩き付けられた。


 流石に……痛い。一瞬、息が出来なくなった。


 わたしを離した触手五人衆が、ショルダーバッグを漁るカズキに向かって伸びてゆく。


「させるか……このウンコ共がぁっっ!」


 体が上げる悲鳴は無視して、わたしは二本の触手に飛び付いた。何とか片手で一本ずつ掴んだけど、そのままズルズルと引き摺られる。


「止まれ! このっ!」


 そうこうしているうちに、残る三本がカズキの方へ。ああ、ヤバい。こん畜生!


「止まれって……言ってんだよっ!」


 わたしは右手で掴んだ触手の先端を、ほぼ無意識に口元まで引っ張り……何のためらいもなく喰らい付いていた。


 触手が暴れるのと、足元が大きく揺れるのは同時だった。


 ああ、痛がっているんだ……〝時空の管理者〟が。


 喰い千切った触手の欠片──意外にも無味無臭──を吐き出す。左手の触手は逃げてしまったけど、右手のはしっかり掴んだままだったから、もう一度喰らい付く。


 また足元が揺れた。触手が暴れ、わたしの顔を叩く。そしてカズキに向かっていた四本のうち三本が、わたしの方に戻ってくる。


 わたしはまた触手に喰らい付いた。伸びてきたやつも左手で掴んで歯を立てる。何度だってやってやる。


 男のような獣のような声色の、異様な叫び声が響いた。〝時空の管理者〟の悲鳴だ。あははっ、ざまあみろ!


 ヤバい、一本の触手がわたしの首に絡み付いてきた。

 

 カズキは……カズキはどうしている?


 ……!


 カズキは口に何かを咥えて、一番低い位置の血管みたいなやつに飛び付いて、ぶら下がっていた。うん、やっぱりあの子に任せて正解だった。わたしじゃ筋力も体力も足りなくて無理だったろうから。


 ああ、苦しい。マジでヤバい、本気で首絞められてる。抵抗したくても、両手と右足を掴まれてしまっている。


 でも不思議と、カズキの動向を見守るだけの余裕はあった。


 カズキは左手をゆっくり離すと、口に咥えていた何かを取った。


 あれって……護身用品店で買ったスタンガン? 


 カズキの左手が、血管みたいなやつに振り下ろされた。

 

 瞬間、〝時空の管理者〟の悲鳴。触手から乱暴に放り出されるわたし。


 尻餅を突き、咳き込みながら見上げると、一本の触手がカズキを吹っ飛ばすところだった。


「カズ君……!」


 神の奇跡か、単なる偶然か。カズキが飛ばされたのは、紅い球体の真上だった。更なる衝撃に〝時空の管理者〟が()()()()回っているのか、空間全体が激しく揺れる。


「カズ君!!」


 滑り落ちるかと思ったけど、やっぱり一〇代の少年は凄かった。右手で紅い球体にしがみ付き、左手でポケットを探って取り出したのは……わたしが自宅から持ってきたカッターナイフだった。


「カズキ!!」


 わたしの英雄が、こちらを振り向いた。


「心臓を……ブチ破れ!!」


 最高にいい笑顔が返ってきた。


 一本の触手が、カズキ目掛けて伸びてゆく。


 それよりも先に、カズキはカッターナイフを紅い球体に突き立てていた。


 絶叫が耳をつんざいた。地面が揺れるなんてもんじゃなかった。空間全体がシェイクされ、わたしの体はあちこちに叩き付けられる。


 ループ中に出逢った人たちの顔や、様々な出来事が、次々と頭に浮かぶ。これが噂の走馬灯?




 カズ君……どうか幸せにね。


 きみの事、結構好きだったよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。