04 芝居
「待てえぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
一直線に逃げるカズキ、追い掛けるわたし、乱される芝生広場の平和。
木々が集中している方へ、なかなか速いスピードで走ってゆくカズキだったけど、だんだん速度が落ちてきた。
「逃すかボケェェェェェェ!」
カズキは一本のブロッコリーみたいな木の数メートル手前まで来ると足を止め、左の脇腹を押さえながらゆっくり体を屈めた。
「チャンス!」
わたしも久し振りの運動に体が悲鳴を上げかけているけど……気合いで乗り切ってやる!
「……うおりゃあっっ!」
カズキの至近距離まで近付くと、両手を伸ばして飛び掛かる!
「……っ」
カズキは振り向きざま、素早い身のこなしで横に飛び退いた!
わたし? 勿論そのまま芝生にダイブ!
でもあんまり痛くなかった。何故なら地面がグニャリと柔らかいから。
起き上がる際には、意識して〝柔らかい地面〟に爪を立て、引き千切る。
うーん、あんまり手応えなし。ほんの一部分が爪の先に付いただけだ。気持ち悪い。ポイッ。
仕方ない。体勢を立て直し、すかさずその場で地団駄!
「キィィィィィッ! 避けてんじゃないわよクソガキが!」
楽しそうに走り回っていたちびっ子が、足を止めてぽかん。カップルがヒソヒソ。……ええい、周りの目なんて気にしちゃいられない。右足で地団駄、左足で地団駄、また右足で地団駄──
あ、逃げた。うん、まあこの程度じゃ無理だって事はわかっていたけど。
わたしがカズキに目配せすると、小さな頷きが返ってきた。
「俺、歳上は興味ないんだ。いい加減諦めてくれよ、おばさん」
「いちいちおばさん言わないと気が済まないのかガキャァァァ!」
再び追い掛けっこ開始。芝生広場から石畳の方へ。
え? さっきから何やってんのかって?
カズキがいずれ俳優になるために、かつての演劇部員として演技指導してあげているんだ。わたしたちにしか見えない存在を利用して……
なーんて、ね。
カズキ曰く〝時空の管理者〟は、自分の存在を認識している人間だけを襲う。だから、こちらから攻撃したら反撃は必至だけど、今まであの化け物に立ち向かったルーパーたちが辿った末路を考えると、あまりにリスクが高過ぎる。
でも逆に、認識していない人間には目もくれない。たとえ踏まれようと、轢かれようと、相手を追い掛けて反撃なんてしない──まあ、その場で暴れて周囲に被害を出してしまった事はあるけど、それだって毎回やってるわけじゃないはずだ。
以上を踏まえて、わたしは閃いた。
〝時空の管理者〟を認識していないフリをしながら……お芝居しながら、偶然を装って少しずつダメージを与えていけばいいんじゃないか……って。
もっとも、あの化け物は自動車に連続で轢かれても生きているのだから、わたしやカズキがちょっと痛め付けたくらいじゃ倒すのは不可能だろう。
だから、このショルダーバッグの中には、武器になりそうな物を色々と詰め込んできた。刃物は自宅から。それ以外は、ホームセンターや東京の護身用品店まで足を運んで、買えるだけ買った。
〝時空の管理者〟は、石畳の上をしばらく移動し続けると、最初にわたしたちが座っていた北側の石段付近で止まった。
「ち、ちょっとタンマ……」
ヤバい。運動不足が祟って──バッグも重いし──、もう疲れてきた。
わたしより十数メートル先を走っていたカズキは、すぐにわたしの様子に気付いて引き返してきた。
「……大丈夫か」
「う、うん……初っ端から飛ばし過ぎたかな、ははは」
「それじゃあ〝プランB〟に移行するか」
「そうだね……もうちょっとアイツに近付いてから……」
〝時空の管理者〟は、同じ場所に留まったまま蠢いている。わたしたちは、その数メートル手前まで何食わぬ顔でやって来ると、新たにお芝居を始めた。
「さっきは悪かった。酷い事を言ってしまった」
「ううん、わたしの方こそごめんなさい」
「お詫びと言ったら何だが……踊らないか?」
「そうね、踊りましょ!」
地面にスマホを置いて、大音量でダンスミュージックを再生。軽快なメロディーと共に、アヴリルが元気良く歌い出す。
「テンポ早くないか?」
「こんなもんだよ」
踊るといっても、わたしもカズキもそっち方面全然慣れてない。だからもう、適当。時には手を取り合い、アップテンポな曲に合わせてノリで動き回りながら、足を振り上げて──
「ヘイ、ヘイ、ユー、ユー!」
呑気にお休み中の黒い塊を、踏む! 蹴る! 乗っかってジャンプ!
「ノーウェイ、ノーウェイ!」
二人で一緒に、踏む! 蹴る! 乗っかってジャンプ!
〝時空の管理者〟は、何とか逃げ出そうと身をくねらせている。へっ、こちとら二人合わせて一〇〇キロオーバーだぞ。踏む、蹴る、擦り潰す! 耳障りなグチャグチャって音も、慣れてくると何でもない。
「たーのしーいいい!」
「これは何て曲だ?」
「ガールフレンド!」
追い掛けっこしていた時以上に視線を集めているのがわかる。しかもそれらは、決して温かいものではない。皆様、ご迷惑をお掛けしております。でも大丈夫、そろそろ決着を付ける準備に入るから。
わたしはカズキに目配せすると、下手なダンスは止めずに、ちょっと手こずりながらもショルダーバッグのファスナーを開けた。
さあ、この中のどれを使おう? スタンガンいってみるか? 燃やすのはまだ早い? どうせだったらもっと千切ってからの方が──
あれ、何か急に足元が不安定に……
ヤバい!!
と思った時には既に遅く、わたしとカズキは〝時空の管理者〟に吹っ飛ばされていた。
「……ったぁい……!」
無様に石畳に体を打ち付けた。特に背中とお尻と左腕!
カズキは大丈夫だろうか。頭打ってないといいけど。
そんな心配をしながら上体を起こしたわたしを覗き込んだのは、真っ黒いのっぺらぼうだった。
驚き過ぎて、声が出なかった。
ああ、わたしの見通しが甘かった。というか、そんなすぐに名案が思い付くわけないでしょ?
〝時空の管理者〟の四肢が、わたしに絡み付く。それでもって、真っ黒いのっぺらぼうが、ユリの花みたいにパカッと開いた。
ねえ、もしかしてあんたもお芝居していたの……?
カズキが何か叫んでいる。ごめんね、失敗しちゃったよ。
辺り一面が、真っ暗になった。




