03 泣いても笑っても
わたしとカズキが〈臨港パーク〉に着いたのは、一五時を過ぎた頃だった。
〈臨港パーク〉は二四時間開園している。本当は他の来園者に迷惑を掛けないように、深夜あるいは早朝に来たかったんだけど、暗いと真っ黒な誰かさんが見えなくなる恐れがあったので断念した。
北側の端っこ、石段の一番上に並んで座る。
ああ、絵に描いたような青空に、絶妙な涼風の心地好さ。潮の香りの強さもあまり気にならない。
無事に本来の時間軸に戻って、二〇二四年九月最後の木曜日を迎えたら、果たして気候はどうなっているのだろう。打って変わって、蒸し暑さが復活するのかな。うん、その可能性は高い。温暖化の馬鹿野郎。
「本当にこれからやるんだな?」
カズキが海を見やりながらわたしに尋ねた。
「うん。泣いても笑っても、これで最後」
わたしも海を見ながら答えた。
ループ中に出逢った人たちの顔が走馬灯のように駆け巡り、思わず両手でショルダーバッグを抱き締める。うう、まだ早いっての。そういうのはさ、最後の──あるいは最期の瞬間まで取っておかないと。
「あー、何か甘いものが食べたくなってきたかも。チュロスとか、ドーナツとか、砂糖いっぱい使って揚げたやつが」
「買いに戻るか?」
「ううん、いい。甘いものを食べたら、今度はしょっぱいものが食べたくなるに決まってる。おせんべいとかポテトとか。そうしたら今度はまた甘いもの、ってお腹が苦しくなるまで、おやつのループ。大ループの中の小ループ。劇中劇みたいな? いや違うか」
自嘲気味にちょっと笑って、小さく溜め息。また緊張感のない事言っちゃった。
そういえばわたし、一人の時とカズキがいる時にこんな調子になりやすい気がする。何でだろ? タイムループと同じくらい謎だわ。
「俺はこの時代の事をよく知らない。無事に戻ったら、甘いものでもしょっぱいものでも、美味い店を教えてくれ」
……あらま。この子ってば、可愛い事言うじゃない。
「了解。奢ってあげる。……え待って。カズ君の方が歳上じゃん。逆にわたしに奢ってよ、フランス料理とか」
「おやつは何処行った」
どちらからともなく微笑む。あーあ、ずっとこうしていたいな。でも、そういうわけにもいかない。
わたしはゆっくり立ち上がった。
「……カズ君。そろそろ始めよう」
「ああ……始めよう」
互いにほとんど無言のまま、石段から芝生広場まで移動した。犬を散歩させている若い女性、親子連れ、座っているカップル。全然知らない人たちの話し声に、愛おしさに近い感情を覚えてしまう。うーん、わたし、結構センチになっちゃってるかも。
気分を落ち着かせるため、足を止めて青空を見上げ、大きく深呼吸。そして、隣の少年の名前を呼んだ。
「多分今日が最後だろうから……前からきみに言いたかった事を言ってもいいかな」
「何だ」
わたしは一つ咳払いをすると、
「……えー……実はわたし、ずっときみの事が……好き、だったんだ!」
言い切ってすぐ、足元に視線を逸らした。誰かに対して、こうやって面と向かって告白するなんて人生初だ。しかも相手は、一〇歳以上も歳下の高校生! ああ、恥ずかしい!
そのまま相手の反応を待ってみたけど、何も返ってこない。わたしは恐る恐る、ゆっくり視線を上げた。
「あはは、急にそんな事言われてもビビるよねー……?」
カズキは、冷めた目でこちらを見ていた。まるで道端のゴミでも見るような……いや、ゴミどころじゃない。犬のフンだ。フンを見ている。
立ち尽くすわたしの前で、カズキの唇の端が歪み、ゆっくり開かれた。
「いや、何言ってんだあんた。ドン引きなんだけど」
「っ、そ、そうだよね! やっぱ──」
「身の程を弁えろよ、おばさん」
数秒の間の後、わたしは作り笑いを張り付け、ゆっくり首を左に傾けた。
「……わたしの聞き間違いかな~。今、おばさんって言われたような?」
「合ってるよ。はっ、それ以外に何があるんだよ、おばさん?」
かつてこれ程までに、世にも邪悪で憎たらしい歪んだ笑みを、わたしは目にした事があっただろうか。
「カズ君……今謝るなら、冗談だったって事で許してあげる」
「そっちこそ、いい歳して冗談は顔だけにしてくれよ」
「上等だこのクソガキャァァァッッ!!」
わたしの脳内で、戦闘開始のゴングが鳴り響いた。




