02 約束
「はい先生! 何もいい案が思い浮かびません!」
約束通り、次の朝一〇時頃にやって来たカズキと向かい合って座ったわたしは、そこら辺の小学生男子に負けないくらい元気良く言い切った。
カズキは溜め息混じりに、
「自分から言い出しておいてあれだが、俺もお手上げ状態だ」
うーん……どうしましょ。
「決行するなら、日付が変わる直前の方がいいよね? 食べられちゃっても、その瞬間〇時になればやり直せる……もんね?」
「いや、それはどうだろうな……わからない。試すにはリスクが大き過ぎる」
あーあ、他に仲間が何人かいたら、誰かしらピンとくるような名案を提示してくれたのかな。それに、直接戦うなら一人でも多い方がいいよね。
というか、戦わないでどうにかならない……?
「ねえカズ君。あの真っ黒くろすけと会話出来ないかな」
「会話?」
「ほら、ミランダ川中が霊視した時の話はしたでしょ。ミランダは〝時空の管理者〟が取り憑いたかのように喋った。喋れる相手なら、ループやめるから食べないでくれって交渉出来ないかな」
「あの化け物が喋った記憶は俺にはない。それに、ルーパーを元の時間軸に戻す能力もないはずだ」
「でもさ、名前が〝時空の管理者〟だよ? 管理してるならそういう事も出来るんじゃないの?」
「あいつはイレギュラーであるルーパーを喰う事で、時間軸の乱れを正すんだ。それがあいつのやり方だ」
「クソッタレ!」
前回カズキに投げ付けた丸いクッションを床に叩き付ける。そしてその上に顔を突っ伏して俯せになる。あ、化粧ついちゃったかな。もういいや何でも。
「無理でーす! 積んでまーす! ……いや、ていうかさ!」
やっぱり体を起こす。騒がしいと言わんばかりのカズキは無視。
「そもそもわたし、自分の意志でループを始めたわけじゃないよ? 勝手にそうなっちゃったわけじゃん。なのに何で大罪人みたいな扱い受けなきゃならないわけ? 殺されなきゃならないわけ!?」
「声が大きいぞ」
フン、お隣さんは仕事だよ、わたしと違って。いや、何処ぞの管理者殿に聞かれちゃまずいって意味か。
立ち上がって、窓から恐る恐る外を覗く。……良かった、今のところは大丈夫そうだ。
「ねえ、ちょっとその辺歩かない? そっちの方がいい案が浮かびそう」
わたしから提案した通り、ほんとにその辺──住宅街の一角を、あてもなくゆっくり歩く。ズラリと並ぶ戸建てに、そこそこ大きなマンション、わたしが住んでいるのと同じようなアパート……。
どの家でもどの部屋でも、住んでいる一人一人に、それぞれ違った生活、そして人生があるんだよね……。
「カズ君はさ、ループが終わったらどうするつもり?」
最初のうちこそ〝時空の管理者〟を倒す方法について話し合っていたけど、すぐに詰まっちゃったから、ちょっと脱線させてみた。
「……どうする、って」
「ほら、進路とか。余計なお世話かもしれないけど、家は出た方がいいんじゃないかな」
カズキは養子で、本当の両親を知らないらしい。優しかった養父母は、自分たちに実子が出来ると、そちらにばかり愛情を注ぐようになったとか。最低だ。よくグレなかったよね、この子。
カズキが足を止めたので、わたしもそうした。
「俺は無理だろうな」
「え?」
「俺の半分はあの化け物なんだぞ。あんたが無事にループから脱却出来ても、俺は変わらず時空を彷徨い続ける事になるんだと思う」
そんな。嘘でしょ。
「元の時間軸に戻った時に、何年何月何日になっているかはわからないが……一度死んで生まれ変わったつもりで、人生を思う存分楽しむんだぞ。世の中、嫌な事、悪い事ばかりじゃないはずだから」
カズキは、わたしの目をしっかり見据えて……
ああ、なんて穏やかで哀しい微笑みなんだろう。
その推測通りだとしたら、この無愛想でちょっと生意気で、本当は優しい少年に、わたしはもう二度と会えなくなる……。
嫌でーす! 無理でーす!
「まあそれも〝時空の管理者〟に勝てなければ、何の意味もないからな。必死こいて最良の案を捻り出そう。映画や漫画からヒントを得てもいいかもしれないな──」
「拒否!! 断固拒否!!」
閑静な住宅街で叫ぶわたし。ギョッとするカズキ。電線の上のカラスもこっちを見た。
「なっ……諦めてループを続けるっていうのか!?」
「違うっつーの!」
んなわけないでしょうが! 変なとこ鈍いんだからこの子は!
「そんな弱気な事言わないで! 一緒に戻るの! 一緒に戻って、クソみたいな毒親とかカスみたいな意地悪な奴らなんかポイして、もうちょっと自分勝手に楽しく生きていくんだよっっ!!」
わたしにもカズ君にも、そういう権利はあるはずだよね!? お互い今まで色んな辛い思いをしてきたのにもう終わりだなんて、ふざけんなボケってね!!
「カズ君、将来の夢はある? 特にないんならさ、声を武器にする仕事に就いてよ。きみ、本当にいい声してるもん。アナウンサーとか、俳優とか、声優とか。絶対向いてるよ! わたし応援する! 推すから! ファンレター大量に送りつけるから! だから、だからさぁ!!」
「わかった、わかったよ」
カズキの口調は、まるで駄々っ子を宥めるかのようだった。三十路手前の駄々っ子……うわぁ全然可愛くない!
「中学の時、国語の教師に同じような事を言われたのを思い出したよ。全然気にも留めていなかった」
顔だって悪くないよ、って言おうかと一瞬迷ったけど、やめた。わたしに言われても嬉しくないだろうし、下手したらセクハラだもんね。
「俺も無事に戻ってみせる。そうしたら、今言われたやつの何かしらに挑戦する」
「約束だよ?」
「ああ、約束する。……だからもう、泣かなくていい」
あれ、そういえばカズ君の姿がちょっとボヤけてる。目頭は温かいし、鼻の奥はツンとするし、頬もちょっと濡れてるし。
「……泣いてないよ」
「泣いてるだろ」
「違う。これ汗だから」
「汗腺どうなってるんだ」
それからわたしたちは、元来た道を戻って、今度は駅方面へと向かった。そろそろ〝時空の管理者〟が嗅ぎ付けてくるかもしれないから、話し合う場所を変えたかった。
駅前まで来ると、時間を確認するべくスマホをバッグから取り出した。そのついでに[Gyahoo!]のニュース記事一覧に目を通す。
「あ……」
《【速報】 横浜中華街で大規模火災 十数軒に延焼 負傷者多数か》
スマホを持つ手がちょっと震える。タイトルをクリックする勇気は出なかった。わたしの異変に気付き、カズキも横からディスプレイを覗く。
「火災……」
「あいつ、今度は放火でもしたわけ? それともその道ウン十年の中華料理人気取りで厨房をうろついて、鍋の空焚きでもした?」
「これは……どうだろうな。今回は俺たちとだいぶ距離がある。奴の仕業ではなく、単なる変化の一つなのかもしれない」
それにしても、どんどん酷くなってるんじゃない? そのうち山火事とか大地震とか、自然災害が起こってもおかしくなさそう。
もしも、わたしの数少ない友達のうちの誰かや、今までのループで出逢った素敵な人たちが被害にあったら? そう考えたら気が気じゃない。リセットされればいいという問題でもない。
わたしやカズキの毒親たちとか、性格がアレな奴らが苦しむのは? 結構いい気味じゃない? 一度でいいから見てみたいんじゃない?
うーん……やっぱりそれも嫌かな!
「どうする。これから横浜駅方面へ行けば、あの化け物と遭遇する確率は高くなるぞ」
「そうだね……」
まだ倒す方法は考えついていない。考えついたとしても、ぶっつけ本番は危険過ぎるから、何回かループして試さないと。本格的な演劇だって、何度も何度も練習が必要だもんね。
……演劇……演技……
〝時空の管理者〟は、自分を認識している者しか狙わない……。
改札から出てきた人たちの小さな波に飲まれかけたわたしの服の袖を、カズキが軽く引っ張った。
「どうした。大丈夫か」
「カズ君。思い付いたかも」
「え?」
「〝時空の管理者〟とは、次のループで決着をつけよう。カズ君はその時に俳優デビューね」
また何か変な事を言い出した、とばかりに眉を顰めるカズキに、わたしはニッと笑ってみせた。




