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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
第三幕

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24/27

05 ハッピー・ゴーアウト・デイ③

 わたしとテレサは、海を眺められるイタリアンレストランにやって来た。店内はカップルと小さな子供を連れた夫婦が数組ずつ。


 テレサはパスタを、わたしもドリンクどころかデザートにティラミスを食べてしまった。まあいいや、どうせリセットされるんだから、実質ゼロカロリーよ。


「テレサは大学生なの?」


 互いに食事が終わってちょっと経ってから、一番気になっていた事を尋ねてみた。


「そ、大学生。でもサボりまくってる」


「ええ、大丈夫なの?」


「多分大丈夫じゃなーい!」


 そう言いながらもヘラヘラ笑ってるよ……おいおい。


「まあいいんだ、最初からやる気なかったし。本当はデザイン系の専門学校行きたかったのに、うちのジジイが許してくれなくってさ。仕方なくテキトーな大学選んで受験したら受かっただけだから」


「ジジイって、お父さんの事?」


「そ。わたしやお母さんの事を見下して、自分の思い通りに動かさないと気が済まない、モラハラクソジジイ」


 ズキリと心臓に──いや、正確には、目に見えないわたしの心そのものに痛みが走った。


「マキーナは? あ、待って。当ててあげる」


 テレサは目を閉じて、わざとらしく眉間に右の人差し指を当てた。


「むー……よしわかった! マルサの女」


「どうしてそう思った!?」


「適当に言った!」


「だよねー!」


 二人一緒にケラケラ笑う。ああ、何か学生時代に戻った気分。数少ない友達と、くだらない話やヘンテコな冗談でいつまでも楽しめたっけ。


 さっき知り会ったばかりなのに不思議と全然緊張しない。これって、ジョーさんの時と同じだな……まるで以前からの友達だったみたいな。


「わたしはただのOL。契約社員のね」


「今日はお休み?」


「そう。有給使って」


「いいねーっ。てか週五働くのってヤバい。学校の週五もキツいのに」

 

 うん、ほんとヤバい。しかも職場の環境が悪かったら尚更ね……。


 店を出た後は〈アクアミュージアム〉以外の水族館も全て制覇。それから園内を廻り、土産店を覗いたり、ゲームコーナーで一緒に遊んだり。


 途中、テレサの友達二人が数十メートル先からこっちを見てヒソヒソ言っているのに気付いた。テレサは焦ったり戸惑ったりするどころか、自分からわたしと腕を組んで、笑顔で二人に手を振ってサヨナラした。


「もうあの二人はどーでもいいや。高校時代は、まあそこそこ楽しかったけどさ」


「無理して付き合う事はないと思うよ」


「だよねだよねっ!」


 ……とは言っても、テレサはまた三人で〈シーパラ〉に来る事になる。魚を誰よりもじっくり見て、友達に嫌な扱いをされて、一人で帰る──勿論、わたしとは出逢わない。


 それを、これから先もずっと、ずーーーっと、繰り返すんだ……。


「もう着拒して連絡先も消しちゃおーっと。〈MINE(マイン)〉もブロック! ちょっと待ってて」


 テレサは早速その場でスマホを弄り始めた。


「……はい終わりっ。ねえ、マキーナには友達いる? あ、変な意味じゃないよ」


「いるけど、最近は全然。まさか今日、歳下の新しい友達が出来るなんて思ってなかったよ」


「あれ、そーいえば何歳?」


「もうすぐ三十路」


「え、見えない! 最初大学生だと思ったよ。若いっ! マキーナ若い!」


「またまたぁ~。クレープ奢ろうか?」


 お腹の様子が落ち着いたら、アトラクションにも乗って子供みたいにはしゃいだ。テレサは特に〈シーパラ〉で一番大きなアトラクション、海上走行型ジェットコースター〈サーフコースター リヴァイアサン〉がお気に入りだったみたいで、終始ハイテンションだった。


「ねえ何かしりとりしよ!」


「無理! いや無理だから!」


〈リヴァイアサン〉の一番高い地点──このまま海に落ちるんじゃないかと本気で不安になる──で、さあこの後は落ちたり回ったりするぞって時でもテレサは呑気で陽気だった。


「よーし、リンゴ!」


「ごめんだから無理!」


「リヴァイアサン! あ、終わっちゃった」


「ねえ、もう落ちるよね? まだ平気? あれ? え、あ──あああああああああっっっっ!!」


 もうトータルで何回叫んだかわからない。喉痛い。そういえば卒業遠足の時も、一回でもう懲り懲りってなったっけ……。


 降りた後、もう一回乗ろうと誘われた時は全力でお断りした。




 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、そろそろ一七時を廻る頃だ。太陽も少しずつ確実に姿を消そうとしている。


「テレサ、そろそろ帰らない?」


 園内の奥の方にあるイベント広場付近でわたしが切り出すと、忙しなく走る鳩を眺めていた新しい友達は、ゆっくりと振り返った。


「あー、まあわたしは閉園までいてもいいけどーっ」


 確か夜八時までだったかな。まあ、わたしも問題ないけど……。


「家はどの辺なの?」


「川崎~」


「あんまり遅いと……お母さんが心配するんじゃない?」


 わたしが本当に気にしているのは、父親の方の反応だ。遅くなったら厄介なんじゃないだろうか。


「最寄駅まで送っていくからさ」


「うーん……わかった。じゃ、トイレ行ってくるから待ってて」


「うん、外にいるよ」


 テレサがトイレのある建物の中に消えるのを出入口で見送ると、ちょっと離れた場所で待とうと踵を返した。


「すっかり仲良くなったようだな」


「おわあっ!」


 近くの木の陰から、インチキおじさん……じゃなくて、生意気カズ君登場。


「ビックリさせないでよもう! ってか見てたの? まさかずっと尾けていたなんて事は──」


「虚しくならないのか」


「は?」


 カズキはわたしの正面にやってきた。


「次の朝を迎えれば、今日一日の出来事も、新しい友情も、向こうは全く覚えていない。全部なかった事も同然だからな」


 言われなくても、そんなのわかってるっての。


「わたしは覚えてるもん、それでいいの。何やってもわたし以外は忘れちゃうからってさ、何もかも諦めて、家に籠って大人しくしてろって?」


「ループを終わらせればいいだけだ」


「だぁぁぁぁもうっ! しつこい!」


 人目を憚らずに大声を上げてしまった。ああもうこいつ、これから毎回こうやってわたしに嫌がらせしてくるわけ!?


「何回断ったら諦めてくれるの? あ、ほらさ、もしかしたらわたし以外にもループしてる人間がいるかもよ? 探した方が──」


「あんたは今後も違う一日を過ごせるが、テレサは違う。それでいいのか、本当に」


 ……やめてよ、なるべく考えないようにしていたのに。


「マキーナお待たせっ!」


 戻ってきたテレサが、わたしの背中を軽く押した。大して力は入っていなかったのに、何故かよろめいてしまった。


「ゲーセンの方から回って帰ろ!」


「う、うん……」


「ん、どした? マキーナもトイレ行く?」


「ううん、大丈夫……」


 目を離したのはほんの数秒だったのに、カズキは姿を消していた。




 わたしは約束通り、テレサの自宅の最寄駅まで着いていった。


 電車内は結構混んでいて座れなかったけど、今日一日を振り返って楽しめたから、立ちっぱなしでも全然苦じゃなかった。


 人波に呑まれないよう気を付けながら、改札手前の端の方に寄って、別れの挨拶をする。


「テレサ、今日は有難うね。いきなり声掛けちゃったのに、仲良くしてくれて」


「マキーナこそありがとっ! 超楽しかったよ!」


 いや本当にもう、テレサが人懐っこいのと、わたしが彼女と同性なのが幸いしたから良かったけど、普通だったら一緒に遊ぶどころか、不審者扱いで終了だったよね……。


「それじゃあ、そろそろ行くね。元気でね」


 本当だったら連絡先くらい聞きたい。でも無意味だってわかってるから、ここまでだ。


「待ってマキーナ。教えて」


 ああ、本当に無意味だから。でも断って、最後の最後に嫌な雰囲気になるのもなぁ……。


「ねえ、マキーナって一体何者? マキーナって、神様か何か?」


 あ、予想外だった。


「ええ? 何で急にそんな」


 わたしが思わずちょっと笑っちゃうと、テレサも釣られたように白い歯を見せた。でも、目だけは笑っていないというか、真剣にわたしを見据えている。


「わたしにはわかるよ。マキーナは、普通の人間とはちょっと違うって。不思議な力でわたしを探し出して、助けにきてくれたんでしょ」


 何て答えたら……どこまで答えたらいいんだろう。


 すっかり困ってしまって、線路の方や足元のコンクリートなんかをキョロキョロ。こんなダサい神様がいてたまるかってね。

 

「あー……えーと、ごめん。一から説明すると時間掛かるし、色々と複雑なんだ。だから話せない、かな」


「えー、そうなのぉ?」


「うん、ごめん。でも、一つだけ言わせて」


 何となく目の奥が熱いけど、気付かないフリをする。そうしないと、喋れなくなっちゃいそうだから。


「いつかまた、必ずあなたを探し出して会いに行くから。だからその時は……また仲良くしてほしいな」


「え、当たり前じゃん! 友達だもん。だからすぐ会いに来てよねっ! 約束!」


「うん、約束ね」


 下り線に電車が到着するアナウンスが流れた。あと一分かそこらでまた人が溢れて、わたしたちもまた邪魔なオブジェになってしまいそうだ。


「……お腹すいちゃったし、そろそろ行くね」


 改めて切り出したのは、テレサの方だった。


「さようなら、マキーナ」


「うん……さようなら、テレサ」


 テレサはわたしに背を向けると走って改札を出てゆき、一度もこちらを振り向かなかった。

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