04 ハッピー・ゴーアウト・デイ②
「本当に何も食べなくていいの?」
「ああ」
フードコートの隅の一角、四人掛けの席。
ハンバーガーとポテトと烏龍茶をセット購入したわたしに対して、正面に座るカズキは、無料の水すら飲む気はないようだった。
「せっかく奢ってあげるって言ったのに」
「さっきも言ったろ、食欲はゼロだと」
「食べ盛りじゃないの? まあいいけどさ」
「それよりも本題だ。ループをやめてもらうぞ、絶対に」
「さっき……じゃなくて初めて会った時言ったでしょ。終わらせる気はない、断固拒否、って」
カズキが睨んでくるけど、わたしは無視してハンバーガーに齧り付く。ああ、やっとピクルスに当たった。端に寄ってたんだな。
……黙ってるとずっと睨んでるよこの子。おお怖。
「それに話を聞いた限りじゃ、あの化け物倒すの無理でしょ。わたしまだ死にたくないし」
「勿論、一人でどうにかしろなんて言わない。俺も協力する」
「二人で戦う? 愛と友情のツーナントカ」
「真面目な話をしているんだ」
「わたしも真面目ですがー?」
眉間に手を当てて小さく唸るカズキを見やりながら、わたしはポテトを数本纏めて口に入れた。
別に、意地悪がしたいわけじゃないんだ。わたしはただ、嫌な事から逃れて気ままに生きていたいだけ。その気ままな生活をやめろ、やめるには何かヤバそうな怪物を倒せ、ただし勝ち目はなさそうだ──なんて言われたら、普通断るでしょ。
しかもこの少年、謎だらけだし。どこまで信用出来る? あとちょっと生意気だし。へっ。
「ねー何食べるぅ~?」
わたしがほとんど食べ終わった頃、さっきの茶髪二人とテレサがフードコート内に入って来た。
「ピザ良くない? 皆でシェアしてさ」
「いいねー。でもうちラーメン食べたいかもー」
三人はわたしたちよりも奥、アイス&ソフトクリームの小さな店舗の裏側にある四人席に荷物を置いた。
「テレサは決めた?」
「うん、チーズバーガーにする」
「うちはラーメンにするわ」
「うちもやっぱラーメンにする。一緒に買いに行こ」
茶髪二人は顔を見合わせてニッコリ。
「じゃあわたし待ってるから、先に買ってきな」
「うん、ありがと」
茶髪二人が財布片手にラーメン店まで向かい、テレサは椅子に腰を下ろした。
カズキはわたしの視線を追うと小声で、
「……あの人たちがどうかしたのか」
「うん……八景島の海岸の浅瀬よりも浅い友情だな、って」
また意味不明な事を、と言わんばかりのカズキに、わたしは〈アクアミュージアム〉内で目撃した一部始終を話した。
「陰湿じゃない? 今もさ、茶髪二人でラーメン選んだの、テレサだけ仲間外れにしたかったんだよ。嫌っているなら、何でわざわざ一緒に遊びに来たんだか。遠足で仕方なくグループを組まされたわけじゃないのに」
「そりゃあ……そういう事をするため、だろ」
大して興味ないのか、カズキは淡々と答えた。
「そういう事をするのが楽しいから、そのために誘ったんじゃないのか、多分」
そうなのかな!? だとしたらほんと最悪! ああ、イライラしてきた。小学生レベルの意地悪を、まさか推定二〇代前半の女たちがやっていて、それを目の当たりにしなきゃならないなんてね。
わたしがもう一度目をやったのと同時に、テレサはショルダーバッグを片手にゆっくり立ち上がった。こっちの方へ歩いて来て、そのまま出入口へ向かって外へ。茶髪二人はラーメン店のレジカウンターの方を向いていて、スマホを弄りながらお喋りに夢中で全く気付いていない。
ああ、トイレかな。フードコートを出てすぐ横、ちょっと奥の方にあったもんね。
でも、あれ……? わたしの記憶が正しければ、トイレはこっち側じゃなくて、反対側の出入口の横だったような。
「そんなに気になるのか」
カズキの言葉に我に返る。
「……うん」
何か気になる。気になってる、水族館で見掛けた時から。
同情? まあ、それもある。でもそれ以上に……
〝え、気にならない? こんだけいたら一匹くらいは死んでるのがいそうじゃない?〟
面白そうな子じゃない?
「ごちそうさまでした!」
わたしは最後のポテト二本と、ちょこっとだけ残っていた烏龍茶を胃袋に収めると、すぐに席を立ってトレーやゴミを片付けた。そしてまだ座ったままのカズキを無視して、フードコートを後にしたのだった。
……いた。
わたしの予想通り、テレサは〈シーパラ〉の出入口の方へと進んでいた。
このまま帰るのだろう。恐らく最初から、あの茶髪二人の悪意に気付いていたんだ。
テレサはそこそこ早歩きだったから、こっちも自然と小走りになった。そしてメリーゴーラウンドの近くまでやって来た時、わたしは彼女の横に並んでいた。
テレサがわたしに気付いて振り向いた。
「あ、あの!」
思い切って声を掛ける。
「大丈夫? お腹空いてない?」
うん、不審者だなこれ。でもいいや! どうせ今日の出来事も、次の朝にはなかった事になる。ループの恥は掻き捨て、ってね!
テレサは足を止め、大きな目を更に見開いた。けどそれはすぐに細くなって、頬には小さなえくぼも出来た。
「あー……さっき水族館で一緒だったおねーさんだ」
「そう、一緒だったおねえさん。いきなりごめんなさい、話し掛けちゃって」
「ううん、全然」
「水族館で見た、あなたと友達のやり取りが何か引っ掛かって、勝手にモヤモヤしちゃって。フードコートに来たと思ったら、あなた一人で外に出ていったから……」
「あははー……」
テレサは困ったような、恥ずかしそうな様子で頭を掻いた。そりゃそうだ、追い掛けてきて急にそんな事言われてもね。謝って、一旦フードコートまで戻ろうか。カズキもまだあの周辺にいるだろうし──
「あの二人、高校からの友達なんだ」
テレサは元来た方をちらりと見やってから、再びわたしの方を向いた。
「最初は普通に仲良くて、何処に行くにも、何をするにも三人でって感じだった。でもいつの間にか二対一になる事も、何か小馬鹿にされてるなって思う事も増えてきたんだ。
卒業してからしばらくは会ってなかったんだけど、この間連絡来て〈シーパラ〉行こうって話になって。半年くらい会ってなかったから、久し振りに三人で純粋に楽しめるかなって思ったけど、全然そんな事なかったから、ざーんねん」
「そう……」
白状しよう。やっぱり好奇心よりも同情の方が強い。わたしも小学生の時、ちょっと似たような経験をした事を思い出したんだ。そして二木雪美ともね……。
「おねーさんお名前は? わたし釣井テレサ」
テレサって本名なのか。
「わたしは麻希奈。草薙麻希奈」
「麻希奈……マキーナ! でいい?」
「うん」
ああ、ジョーさんと同じ呼び方だ。何かちょっとだけ胸が熱くなったような、苦しくなったような。
「わたしはテレサね。そのままだけど! あはは!」
「外国の名前みたいだけど……」
「お母さんが元々スペイン人だったの。帰化したから今は日本人」
なるほどね。
「ねえマキーナ。せっかくお知り合いになったんだから、今日一日、一緒に遊んでくださいっ!」
テレサが自分の眼前で、拝むように両手を合わせた。
「いいよ、勿論。不思議なご縁だし」
そう、本当に不思議なご縁。ループしていなければ〈シーパラ〉には来なかったし、仮に違う場所でさっきみたいな嫌な光景を目にしても、話し掛ける事なんてなかっただろう。
「やった! ありがと! じゃ早速何か乗りたいな~。あと〈ふれあいラグーン〉と〈うみファーム〉と〈ドルフィン ファンタジー〉も行かないと!」
「テレサ、先にお昼ご飯は?」
「あ……うん。もうだいぶ空いてる。燃料切れ起こす二五分前って感じ」
「それは大変。わたしは何か飲むから、フードコート以外でお店を探そう」
「イェッッス!」
ちょっと変わってるけど憎めない新しい歳下の友達を連れて、わたしは元来た道を引き返したのだった。
茶髪二人? 知らなーい。途中で鉢合わせたって全然構うもんか。
カズキ? ……こっちも知らん。




