06 大きな変化
朝起きてからずっとパジャマ姿のまま、部屋でのんびりごろごろ、時々スマホでネットサーフィン。
前回、テレサと思いっ切り遊んできたからだろうか。今回は何処かに出掛けたり、何かをしたいっていう意欲が全っ然湧かなかった。
〝友達だもん。だからすぐ会いに来てよねっ! 約束!〟
〝うん、約束ね〟
会いに行くよ、必ず。何度でも。たとえその度にリセットされてしまっても。うん、それは仕方ないもんね。
……もう、細かい事は考えないようにしよう。
さて……昼を過ぎたら『わんわんが、来る』でも観ようかな。それとも別の面白そうな番組でも見付けるか。あ、動画配信サイトに新規登録してもいいよね!
じゃあ早速……と再びスマホを手にし、検索エンジンを開く。
……ん、んんっ?
検索エンジン[Gyahoo]の検索ボックスの下、ニュース記事の一覧。その一番上のタイトルを、わたしは思わず二度見した。
《【速報】 横浜駅前で車両4台絡む事故》
事故……え、事故ぉ!?
リンクをクリックして記事を読んでみる。事故があったのは一〇時過ぎ頃。横浜駅前の交差点で軽自動車と軽トラックが衝突、後続の軽自動車二台も急には止まれなかった。幸い、死者は出ていないみたいだけど……。
今までのループで、こんな事あったっけ? え、わたしが知らなかっただけ?
……まさか、同じ二〇二四年九月二五日でも、起こる出来事は少しずつ変化している……?
いやいやそんなわけないよね。ループに気付いている人間──つまりこのわたし──以外は、違う行動を取れるわけがないんだから。毎回事故は起こっていたんだ、残念ながら。
あれ、でも待てよ……。
前回、駅の近くのカフェでモーニングを堪能した時、サラリーマン二人が頼んだメニューに違和感を覚えたんだった。どちらもモーニングセットBだったけど、初めて見掛けた時はそれぞれ別のセットを頼んでいたように記憶していて……。
えええ、まさか。まさかでしょ?
……どうしよう。
うーん、うーん……。
座ったまま頭を抱えたり、部屋の中を歩き回ったり、トイレの便座に腰を下ろしたりしながら考えに考えたけど、このままウダウダしていても、ただ時間が流れてゆくだけだ。
……よし、確かめに行こう。今からすぐに向かえば間に合うはず!
わたしは光の速さで身支度をして、自宅を飛び出した。
向かう先は池袋だ。
〈サンシャインシティ〉の一角、クレープ専門店。遅れちゃいけないと思ったから、お昼ご飯も食べずにきたけど、まだちょっと早かったな。
ああお腹空いた! 早くクレープ食べたい。でもあの二人が来るまでまだ少し時間があるから、店の周辺を適当にうろうろする。
……もしも本当に一日の出来事に変化が生じているなら、あの二人はクレープ店に来ないかもしれない。逆にちょっと早めに来るかもしれない。いや、必ずしも言動が変わるとは限らないんだけど、そこそこ記憶に残っているから確認しやすいのよ。
しばらくうろうろしていたら、あの二人がやって来るであろう時間が近付いてきた。クレープ店に入り、最初の時と同じホットシュガーバターを注文する。
イートインスペースのベンチソファに座って、最初の一口を齧ると……
「何食べるか決めた?」
「まだ」
……来た。
「ゆっくり決めていいよ。おれもちょっと迷ってるからさ」
「うん」
あの二人──ベリーちゃんとアンチョコ君が、店頭でメニュー表を眺めている。まあ正確には、アンチョコ君はベリーちゃんばっかり見つめているんだけどね。
おっと、アンチョコ君が恐る恐るといった様子でベリーちゃんの肩を抱いた。ああ、付き合ってもないのにそこまでするから、内心ウザがられるんだよ……やれやれ。
この後クレープを注文して受け取った二人は、チョコミントの話をしながらわたしの斜め前に座る。食べている間も、アンチョコ君は度々ベリーちゃんを見つめる。そんでもって食べ終わった後、アンチョコ君がトイレに行って、わたしも帰ろうとしたところにベリーちゃんが──
「あ~~~もう! うざいっっ!!」
──!?
「ガチでうざいんだけど!!」
キレた……ベリーちゃんがキレた!!
ビックリして、わたしは思わずクレープを強めに握ってしまった。溢れてきたシュガーバターを慌てて唇で受け止める。うん、熱い。
「しょっちゅうガン見してくるし! うちら付き合ってないのにすぐ彼氏面するし! 馴々しく触ってくるし!! うざい! キショい!」
「え、ご、ごめん──」
「無理! ほんと無理全部無理!」
早口で捲し立てるや否や、身を翻して去っていくベリーちゃん。慌てて追い掛けて必死で謝る──無視されてるけど──アンチョコ君。そんな二人を見やる通行人の皆様。そして唇に軽い火傷を負った、クレープ食べかけのわたし。
変わりまくってるじゃん! 注文したものが違うとか、そういうレベルじゃないし!
え……何で?
何回か前のループで、試しにもう一度ここに来た時のわたしは、最初の時と全く違うクレープを食べた。それでもベリーちゃんとアンチョコ君は、喧嘩せずにクレープを食べた。その後のわたしとベリーちゃんの会話内容も同じだった。
うーん……本当に謎なんですけど。
あ、そうだ。
あんまり気乗りしないけど、あのちょっと生意気な少年に聞いてみよっかな。ループの事ならだいたい何でも知っるみたいだし。
でも、何処に行ったら会えるかな。〈臨港パーク〉とか?
いや……ひょっとしたら。
〈サンシャインシティ〉を後にしたわたしは、人混みの中、サンシャイン60通りを池袋駅方面へゆっくり進んだ。
何かいつもより、ほんの僅かだけど体感的に暑いような。天気にまで変化が生じているのだろうか。
35番出口へと続くエスカレーターを降りる。
……流石に東京までは来ないのかな、あの子は。もしかして今頃、わたしを探して横浜の繁華街のあちこちを周ってたりして。
なんて考えながら駅構内を進み、JR線の中央改札付近までやって来たら……
ほら、いた。
通路のど真ん中に、こっちを向いて立つカズ君。通行の邪魔になっていそうだけど、次々と通り過ぎてゆく人たちに全然気にしている様子はない──学ラン姿の少年なんて、見えてすらいないかのように。
「何線で来たの? きみもJR?」
「知っているか、横浜駅前の事故を」
──!
「うん、ネットのニュースで見た」
「今までのループでは、あんな事は起こらなかった」
やっぱりそうなのか。
「あんたに直接関係のない所で変化が生じた。普通じゃない。何かがおかしい」
いやまあ、それを言ったらループ自体が普通じゃないし、きみだって何なんだって感じだけど……今はそう突っ込んだり、茶化したり出来るような雰囲気じゃなかった。
わたしを見据えるカズ君の両目から伝わる感情。本気の戸惑いと……恐怖?
「あのさ、実は他にもあるんだ……変化した点が。事故に比べたら些細な事だけど」
「いつからだ」
「最初に気付いたのは前回のループ。〈シーパラ〉に行く前。さっきもね、ある女の子と男の子の行動に変化があったばかりなんだ」
何かを思案するかのようにわたしから目を逸らしたカズ君。しばらく待ってもそのままだったから、こっちから提案してみる。
「ねえ、一旦場所変えて話し合わない?」
「……その必要がありそうだな」
「外だとあの黒いやつにバレそうだから、わたしの家にしよう。着いてきてよ。JR線で品川まで行って、それから京急で乗り換えて──」
「後から行く。先に帰っていてくれ」
後からって……うええっ!?
カズ君の姿が急にブレた。そしてわたしが呆気に取られているうちに、その場から影も形もなく、忽然と姿を消してしまったのだった。
うん、まあ普通の人間じゃないとは思ってたけどさ。いきなり現れたりするんだから、その逆も変じゃないけどさ。
……ああ、お腹減った。途中で何か食べるものでも買っていくか。




