第7話 外縁部(がいえんぶ)
夜明け前の薄闇の中でリナムーアは寝台から身を起こした。
窓の外はまだ藍色に沈んでいる。ミオが起こしに来る手筈になっていたが、その前に目が覚めていた。初めての採取の日だという緊張が、体の芯に薄く張りついている。
顔を洗うために、廊下の奥の洗面所へ向かった。壁の栓をひねると、澄んだ水が音を立てて流れ出る。用を足す場所も水で押し流す造りになっていた。そういえば、孤児院でも水回りは前世のように洗練された造りだった。
(この建物の水も、灯りも、全部魔道具で動いている——だったか)
いつだったかミオがそう説明してくれた。きれいな水を出すのも、汚れた水を流して消すのも、魔道具がまとめて引き受けている。だから安宿でも衛生が保たれるし、都市の暮らしはどこも清潔なのだと。
食堂を通り抜けるとき、壁に掛かった大きな時計が目に入った。針は午前六時を指している。短い針が六の数字に重なり、色のついたもう一本の針が左を向いていた。
(時計がある。しかも、一日の長さが前の世界と変わらない)
日の出の時刻も昼と夜の割合も、四十二年生きた草薙賢悟の記憶とぴたりと噛み合う。異世界に来てなお、時間の流れだけは元のままだった。その事実が妙に足元を落ち着かせた。
竈には、もう火が入っていた。
長机の端で革鎧の男が二人、黙って匙を動かしている。賄いの女が黒パンを台へ積み上げ、湯気の立つ鍋をその隣に据えたところだった。
(六時前から、もう回っているのか)
食堂が火を入れるのは日の出の一時間ほど前だと、いつかミオが言っていた。冒険者は日のあるうちに森へ入り、日のあるうちに帰ってくる。だから食堂の始まりは決まった時刻ではなく、日の出のほうに合わせてある。夜明けが早まればそのぶん早く火が入り、遅くなればそのぶん遅い。宿舎に住む者の朝と夜がただなのも、腹を空かせたまま森へ出る者を出さないためなのだと。
リナムーアは食事を終えると、宿舎の出口へ向かった。
▽ ▽ ▽
宿舎の外ではミオがすでに待っていた。
職員の制服の上に薄い外套を羽織り、片手に杖を携えている。まだ暗い足元を照らしているのは、ミオの肩先あたりの宙にふわりと浮かんだ淡い光球だった。ミオが歩き出すと、光球もひとりでに間合いを保ってついてくる。
妙な光だ、とリナムーアは思った。足元の小石も、傍らを歩くミオの横顔も、その光にくっきりと照らし出されている。なのに、光球そのものを正面から見据えても、まぶしさがまるでない。ほのかな珠がそこに浮いているだけで、それ自体が光っているようには見えなかった。理屈は見当もつかないが、魔法とはそういうものらしい。
ミオのほうは、光球に目を向けることさえなかった。灯しておくのに、手間らしい手間は何もかかっていないようだった。
「おはようございます。……よく眠れましたか」
「はい。……すこし、どきどき、してます」
「正直でよろしい」
リナムーアの目が、ミオの手の杖へ向いた。ミオはそれに気づいて、杖を軽く持ち上げてみせた。
「これは、冒険者をしていた頃に使っていたものです。後ろから、皆の支えや傷の手当てをする役でした。Bまでは上がりましたけど、サリナとは比べものになりませんよ」
「……ミオも、ぼうけんしゃ、だった」
「ええ。今日は森の手前まで一緒に行きますから、念のためです」
ミオはわずかに笑って、リナムーアの手を取った。二人はまだ人気のない街路へと歩き出した。
薄闇の中、街路の両側に四角い建物の影が並んでいた。光球の淡い光が壁の面を撫でていくが、そこに浮かび上がるのは石を積んだ目地ではなかった。継ぎ目がひとつも無い。壁も柱も窓の縁も、大きな石をまるごと削り出して家の形にしたように、ひと繋がりの面のまま立っていた。木を組んだ家は、見渡すかぎり一軒も見当たらない。
街路の端を通りかかったとき、リナムーアは空いているほうの手を伸ばして、その壁の面に指先を滑らせた。冷たく滑らかで、爪の引っかかる場所がどこにもなかった。
(……見た目だけなら、コンクリートだ)
「ミオ。このかべ、つぎめが、ない」
「よく気づきましたね」
ミオが杖の先で、通り沿いの家並みを軽く指した。
「この街の建物は、みんな魔術で造るんですよ。石を積み上げるんじゃなくて、練った石を型に流し込んで、そのまま一つの塊にしてしまうんです。積んだ壁よりずっと頑丈で、崩れにくいので」
「ぜんぶ、ですか」
「ええ、外壁の内側は全部です。木の家は建てさせてもらえません」
ミオは少しだけ声を落とした。
「万一、外壁を破られたときに逃げ込むのは、それぞれの家ですから。……だから、どの家にも地下室があるんです」
孤児院で寝床にされていた地下同然の部屋が、頭をよぎった。あれは本来、いざというときに全員で籠るための場所だったのだろう。逃げ込む先をそのまま寝床としてあてがわれていたのだと、リナムーアは今になって気づいた。
ミオは歩きながら、杖の先で行く手の暗がりを示した。
「街の中も、壁でいくつにも区切ってあるんです。この領都エルステンは、お城を真ん中にして、壁を蜘蛛の巣みたいに何重にも張ってあります。一枚破られても、次の壁で止められるように」
「くもの、す……」
「ギルドがあるのは、魔境の側のいちばん端です。あの門をくぐったら、すぐ魔境側の大門ですよ」
区画を隔てる門を一つくぐり、街を囲む外周壁にたどり着く頃には、空の端がようやく白み始めていた。ミオが杖の先で宙の光球を軽く叩くと、それは音もなく掻き消えた。
魔境側の大門を抜けると、視界が一気に開けた。刈り込まれた草の原がゆるやかに続いている。その四キロほど先に黒々とした森の帯が横たわっていた。
「もう一度だけ、確かめさせてください」
草原を歩きながら、ミオが指を折り始めた。
「奥へは入らない。開けた場所だけを選ぶ。魔物を見たら、その場からすぐに離れる。ミド草は追いかけない。喉が渇く前に水を飲む。携帯時計は、こまめに見る」
「奥へは、入らない。ひらけた、ところだけ。魔物を、見たら、はなれる」
リナムーアは一つずつ指を折り返して復唱した。もう何度この問答を繰り返したか分からない。座学の合間にも、走り込みの後にも、夕食の席でも、ミオは同じ言葉を並べてきた。
「ミド草は、追いかけない。水は、渇く前に。携帯時計は……」
「こまめに見る、ですね」
リナムーアが先に言い切ってしまうと、ミオは言葉に詰まり、それから少しばつが悪そうに頬をかいた。
「……何度も同じことを、と思っているでしょう」
「おもって、ないです」
「思っていていいんです。それでも、言います」
ミオは足を止めずに、まっすぐ前の森を見た。
「外周壁の門灯が灯る時刻になっても戻らなかったら、私が中まで迎えに行きますからね。そうならないように、早めに切り上げること」
「はい。……ぜったいに、そうします」
▽ ▽ ▽
森の樹縁に着いた。
そこで、リナムーアは思わず息を呑んだ。
「これが、アルゴの森。魔境です」
リナムーアの様子を見たミオが言った。
草原と森の境目が目で見てはっきりと分かる。誰かが地面に線を引いたように、一歩の幅もなく風景が切り替わっていた。こちら側は、膝にも満たない短い草の原。向こう側は、丈の高い下生えが濃密に絡み合い、頭上を広葉樹の枝葉が覆って、光が灰がかった緑に沈んでいる。
その切れ目は左右のどこまで目を凝らしても続いていた。植生がそこでそっくり入れ替わっている。踏み込んだ先から漂ってくる空気も、湿って重く、嗅いだことのない匂いがした。
(これが、魔境の外縁部……。区切りが、ここまで露骨に出るものなのか)
ミオがその場に屈み、リナムーアの襟元を直した。ベルトの締まり具合、ポーチの留め金、ナイフの鞘。最後にもう一度順に見ていく。
それから立ち上がって、森のほうへ手を向けた。
「もう一つ、覚えておいてください。森の中では、東西南北を使いません。中へ入ると、日が見えなくなりますから」
ミオの手が、まず正面の森を指した。
「森の奥へ向かう側を『奥』。こちらの草原へ戻る側を『表』と言います」
次に、手が右へ流れ、それから左へ移った。
「ここに立って森を向いたとき、右が『日陰側』、左が『日向側』です。日は、こちらの側を通りますからね。森へ入る冒険者は、みんなこの言い方で話します」
「おく、おもて。……ひかげがわ、ひなたがわ」
「そう。中でどちらを向いていても、奥は奥、日陰側は日陰側です。自分の右や左とは、別のものだと思ってください」
(……森そのものに、目盛りが振ってあるのか。立っている者の向きで変わらないのは、いい)
リナムーアは、四つの呼び名を頭の中で草原と森の上へ並べた。
「無理はしないこと。採れなくても、命があれば明日また来られます」
「はい」
リナムーアは境界線の手前に立ち、森の奥へ顔を向けた。
「——いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて」
小さく頷いて、リナムーアは境界線を越えた。数歩で下生えが背丈を越え、その白い姿はじきに緑の中へ紛れて見えなくなった。
▽ ▽ ▽
ミオはしばらくその場から動けなかった。
杖を握る手に知らず力がこもる。追いかけて連れ戻したいという衝動を、無理やり呑み下した。あの子の仕事は採ることと逃げること。戦うことではない。そう決めたのは自分たちだ。
(……信じて、待つしかない)
やがてミオは踵を返し、朝日の差し始めた草原を来た道に沿って歩き出した。納品窓口には自分が座る。リナムーアが森から出てくるその時に、迎える場所にいてやりたかった。
▽ ▽ ▽
絡みつく草を掻き分けているうちに、腕を阻んでいた抵抗がふいに消えた。リナムーアは足を止め、周囲をぐるりと見渡した。
頭上は幾重にも枝葉が重なり、日差しは細かい木漏れ日になって落ちてくるだけだ。その乏しい光では草も育たないのだろう。背丈を越えていた下生えは境目の帯だけのもので、内側の地面を覆っているのは脛ほどの下草がまばらに散る程度だった。代わりに足元は木の根と倒木と小石で激しく波打ち、平らな場所がほとんどない。サリナと走り込んだ裏庭の凸凹が、そのまま広がっているようだった。
歩けはする。だが、見えはしなかった。太い幹が幾重にも重なって視線を断ち、低木の枝葉が丁度目の高さを塞いでいる。十数歩も先へ目をやれば、その先はもう灰がかった緑に溶けて、何があるのか見分けがつかない。
そして少し先には、また丈の高い草が塊になって行く手を遮っていた。抜けられる場所と、抜けられない場所。森はその二つを気まぐれに並べているらしかった。
(『己識』で分かるのは、自分の体のことだけだ。何が近くにいるかは、教えてくれない)
周りに気を配れるのは目と耳だけ。リナムーアは肩越しに草原の明るい帯がいつでも見える位置を保ちながら、境界に沿って薬草を探し始めた。
ヨモギに似た草はすぐに見つかった。いくつも、いくつも。だが、しゃがんで葉を裏返し、主脈とそこから波紋のように広がる葉脈を検めると、どれも違う。似ているだけの別の草だ。
一株、また一株と確かめては、外れていく。
(聞いていた以上だな。これは……)
内心でため息をついた。話には聞いていたが、実際にやってみると、当たりの気配がまるでない。
小一時間ほど歩き回って、ようやく一つ目のボド草を見つけた。裏返した葉にまぎれもない波紋の筋が走っている。リナムーアは鉄のナイフで葉を一枚ずつ切り取っていった。茎も根も要らない。使える葉をすべて摘み取っても、採集袋の底がうっすら隠れる程度にしかならなかった。
リナムーアは頭の中で時間を並べ直した。森へ入るまでに、日はもうだいぶ昇っていた。帰りの草原を歩くぶんを残して門灯の前に樹縁を出るとすれば、実際に探し歩けるのはせいぜい八時間か九時間だった。
(一株見つけるのに一時間。このペースだと、日の入り前に採集袋を一杯にできるか、かなり怪しい)
前世で見積もりばかり立てていた頭が、冷静に不足を弾き出す。それでも、手ぶらで帰るわけにはいかなかった。今日という日はギルドが用意した朝食の分だけすでに借りが増えている。何かを持ち帰らなければ、返すものがない。
(続けるしかない)
リナムーアは探索を再開した。
境界からなるべく離れずに動いているおかげか、魔物の影はまったくなかった。ゴブリンの群れも、突進してくるホーンラビットも、気配すらない。鳥の声と羽虫の羽音だけ。奥へ入らない代わりに得ているものが、この静けさだった。
だが、思うように増えない葉がじわじわと気持ちを削ってくる。ふと気づくと、視線が森の奥の濃い緑へと吸い寄せられていた。あちら側なら、きっともっと生えている——
(——いや、それはダメだ)
頭の中でミオが指を折る。奥へは入らない。約束した中の、ひとつ目の内容だ。リナムーアは奥へ向けた目を無理やり手元へ引き戻した。境界沿いで探索を続ける。
▽ ▽ ▽
その後もボド草はぽつぽつと姿を見せた。
当たるときは近い場所に二株続けてあり、そうかと思えば、しばらく歩いても一枚も採れない。並びに、まるで規則がなかった。
(これでは草ガチャだな。しかも、分の悪い)
やれやれ、と胸の内で肩をすくめる。それでも、切り取った葉は一枚ずつ確実に採集袋へ積み上がっていった。頭上の梢が遮る光は朝から同じ灰がかった緑のままで、どれだけ時間が経ったのかを教えてはくれない。こまめに見る、とミオに約束した携帯時計のことは、葉を探すうちに頭から抜け落ちていた。やがて採集袋がとうとう口までいっぱいになった。
リナムーアは採集袋の口を括ると、ポーチから携帯時計を取り出した。
その朝、宿舎の前で落ち合ったときに、ミオが握らせてくれたものだ。森の中は時間の感覚が狂うので、森へ入る冒険者はみんな持っているのだという。
真鍮の小さな覆いに収まった紐付きの携帯時計。文字盤には一から十二の数字が並んでいる。長い針が分を、短い針が時を指す。そしてもう一本、短針よりさらに短いが太い針があり、その先端にだけ赤い色がついていた。左を向いていれば午前、右を向いていれば午後を表す。
いま長針は真上。短針は四の数字。赤い先端は右を向いていた。
(午後四時……もう、十六時か)
思っていたよりずっと遅い。森の中では時間が狂うというミオの言葉は、脅しでも何でもなかった。
帰り支度をしながら、リナムーアはもう一つ教わったことを思い出した。魔境の草木は中心の魔胎に向かって、日の光を求めるようにわずかに枝葉を伸ばす。その偏りをたどって反対へ、表へ歩けば、森の外へ出られる。
もっとも、見上げた大木の枝ぶりからは、そんな偏りはほとんど読み取れなかった。目を落として、足元の下生えや低木をいくつも見比べる。一本ずつでは分からない。だが数をあたっていくうちに、葉の茂り方がうっすら一方へ寄っているのが、ようやく傾向として見えてきた。リナムーアはその向きに背を向けて、歩き出した。
いくらも進まないうちに、灰がかっていた緑がだんだん明るくなってきた。やがて朝に抜けたのと同じ、丈の高い草の帯が行く手を塞いだ。腕で押し退けながら掻き分けていくと、その向こうにあの一直線の切れ目が現れた。境界線をまたいで一歩踏み出すと、低い草の原と傾いた日の光が広がった。
四キロの草原を、落ちていく日を背にして歩ききる。外周壁の門灯はまだ灯っていなかった。どうにか、間に合った。
▽ ▽ ▽
冒険者ギルドの納品窓口にミオはいた。
リナムーアの姿を認めると、その顔に安堵がよぎった。それでも声だけは職員のものに戻して尋ねてきた。
「おかえりなさい。……採れましたか」
「はい。ちいさい採集袋、いっぱい」
答えながら、リナムーアは窓口の手前で足を止めた。見慣れない木の踏み台が据えてある。膝ほどの高さで、角は擦り減っていたが、天板だけが新しく拭き上げられていた。
「……これ」
「倉庫から出してきました。台が高くて、あなたでは手が届きませんから」
ミオは何でもないことのように言った。自分が森を歩いているあいだに、ここまで運んできたのだろう。
上がってみると、胸から上が窓口の台から出た。肘を載せても窮屈ではない高さだった。
リナムーアが差し出した採集袋を、ミオは受け取り、中身を金属の盆に空けた。窓口の脇には木箱のような魔道具が据えてある。判別機だ。摘んできた葉をその口へ流し込むと、本物のボド草は片側へ、似ているだけの草は下の受け皿へ抜けて選り分けられる仕組み——のはずが、葉はすべて片側へ寄っただけだった。外れは一枚もない。
ミオが軽く目を見張った。
「……一枚も、混じっていませんね」
「はっぱの、裏を、ぜんぶ見ました。ちがうのは、採ってません」
こともなげに言うリナムーアにミオは小さく息をついて、それから頬を緩めた。
「初めての採取で、一人で、これだけ採って、混ぜ物なし。……たいていの人は、初日の盆は半分が別の草なんですよ」
褒められて、リナムーアの胸の奥がじんわりと温かくなる。
(葉の特徴ははっきりしている。一枚ずつ裏を確かめれば、間違えようがない。……それでも褒められると機嫌が上向くんだから、我ながら安上がりだ)
ミオが受け皿の葉を秤へ移すと、針は二キロの目盛りで止まった。小さい採集袋一つ分を、きっちり満たした重さだった。ミオが台帳に記帳し、銅貨を四枚、リナムーアの手のひらに数え入れる。四十ムーア。決して大きな額ではない。それでも、この世界で初めて自分の手で稼いだ金だった。
▽ ▽ ▽
その夜、宿舎の食堂でリナムーアの向かいに座ったのはサリナだった。ミオは窓口でその日の納品の帳尻を合わせているという。
「どうだった、初めての森は」
サリナに水を向けられ、リナムーアは淡々と報告した。似た草ばかりで見分けに手間取ったこと。当たりに規則がなく、籤のようだったこと。
サリナは声を立てて笑った。
「そうなのよ。だからみんな嫌がるの。手間の割に、子供のお駄賃みたいな実入りだものね」
それから、ふと真顔になって続けた。
「でも、初日に、一人で、採集袋を一杯にして、門灯が灯る前に自分の足で帰ってきた。……それは、なかなかできることじゃないわ」
汁物の椀をサリナがそっとリナムーアの前へ押し出す。世話の焼き方はミオと二人がかりのときよりは控えめだった。それでも、骨を外した魚の身はいつの間にか食べやすい大きさにほぐされていた。
食事を終え、自室に戻る。寝台に腰かけて、リナムーアは『己識』を発動した。脚に張り、足の裏にはいくつか肉刺。だが、筋も腱も傷んではいない。問題なし。
(ボド草は、見つけた分しか金にならない。境界沿いは安全だが、見つかるのは遅い。四十ムーアは、今日たまたま届いた額であって、毎日当てにできる額じゃない)
一日を作業の記録のように振り返る。改善できる点はまだいくつもあった。それでも、初日としては及第点だと、リナムーア自身は思っていた。
窓の外はすっかり暮れ、裏庭の木々も、その奥に立つ外壁も、ひとつながりの黒い影になっていた。今日一日を過ごした森は、その壁のさらに向こうにある。




