第二話 おかあさんへ
――20XX/7/3/16:17
俺と紅葉は、幽霊に遺言を書いてもらうため、神社に訪れていた。
なぜ神社かって? 神社は幽霊が多いらしい。
三日間、神社に訪れているが幽霊以前に人っ子一人いない。
雨の日に傘までさして……。
何やってんだろ。こんなんで本当に死ぬのか?
「……はあ~」
「なにあくびしてんだ。これは遊びじゃねーぞ」
「だって暇なんだからしょうがねーだろ」
「始まりはこんなもんさ。死んだ奴らもみんなそうだった……」
「…………」
俺は何も返せなかった。
そうか、紅葉は色んな人の死を目の当たりにしてきたのだろう。
どんな気持ちだったのだろうか。
いろんな雑談をしてきたが、重い話は自然とさけてきた。
そもそも紅葉とはいったい……何者なのだろうか。
生まれてきた時から本としてなのか、元は俺と同じ人間なのか……?
俺は紅葉のことをもっと知りたくなった。
「ねえ、紅葉はどんな花が好きなの?」
「急にどうした。気持ちわりーな」
「なんか知りたくなった。紅葉のこと全部」
「ふっ、そっか……。俺様の好きな花はズバリ、ムラサキシキブ!」
「なんだそれ? 清少納言?」
「お前な……。まじか……。なんか見損なったぞ」
「ごめん。花とかよく知らねーからよ」
「なんで聞いたんだよ」
「別にいいじゃん。いつか見せてやるよ、約束――」
「神楽、ありがと」
子どものように無邪気な声だった。それがただ嬉しかった。
翌日、珍しく晴れた。気持ちがよかった。
学校が休みということもあり、朝から神社に訪れていた。
俺って暇人なのかな。それともただのバカ?
この本が紅葉じゃなければ、こんなこと絶対にやってない。それだけは確かだ。
気を抜いてた俺は、つい口にしてしまった。
「紅葉って、元は人だったの……?」
――あっ、と口をふさいだ。
「ごめん。こんなこと聞いて」
「あ? 全然いいぜ。俺は元人間、今は本。百年前、本にされちまった」
「そうなんだ。どうして本に?」
「もとは神楽と同じく幽霊が見えた。幽霊たちの事情に首突っ込んでたら、閻魔に罰をくらわされてこんな姿になった。笑い話だろ」
「閻魔に……?」
「ああ、でもよ。いいこともあるんだぜ。歳は取らねえ、ていうか歳なんてない。そのおかげで百年たって神楽に出会えた」
俺の心は、今まで感じたことのない気持ちで支配されていた。言葉にならない想い。
紅葉が声を上げた。
「おい神楽! やっと来たぜ、待ちわびてたやつが――」
俺は見た。小さな女の子がいた。赤いスカートの可愛らしい女の子。
小学生くらいだろうか。幽霊に間違いない。影がないから。
「……どうするの?」となぜか小声で話す俺。
紅葉はお構いなしに声を上げる。
「おーい! そこの小さい幽霊!」
女の子は無言でこちらをじーっと見たままだ。
まじか、今から成仏させるんだよな。なんかテキトーすぎないか……?
まあ、紅葉は百年プレイヤーだし。いっか。
俺は女の子に近づいた。
女の子は、ただ俺を見上げていた。なにも喋らない。悲しそうな顔……。
心ここにあらず、と言ったとこだろう。
「神楽、ここからはお前のやり方でやれ。ちゃんと成仏させろ。頼んだぞ――」
俺は頼まれた。無茶ぶりだとも思った。……でも、やってやる。
まず、目線を合わすためにしゃがんだ。
瞳を見た。俺は吸い込まれた。そう、この子の死んだ理由、記憶見るために――。
記憶を見た。
それは悲しきものだった。
小学二年生の女の子、かなちゃんは交通事故で亡くなった。
お母さんとケンカして、家を飛び出した矢先、車に轢かれた。
お母さんに謝りたい。ただそれだけだった。
ほんとは自分が悪いのに、わかっていたのに。
泣きじゃくるお母さんを見て、さらに後悔が募った。
「見えたよ紅葉。この子の記憶が……」
「答えは見つかったのか?」
「ああ、お母さんへの遺言を書いてもらう。それを、渡すのか……?」
自分でもよくわからなかった。どうして記憶が見えたのかも、なにもかも。
固唾を飲み、俺は口を開いた。
「あの――」
俺は、幽言書霊告に女の子の遺言を書いてもらった。
おかあさんへ
ごめんね
ずっとあやまりたかった
あたしのだいすきなおかあさん
ずっとすきだよ
だからもっとわらって
これからもずっとだよ
かなより
遺言というより、手紙だ。
小学生らしく、綺麗とは程遠い字。でも、やさしい。
これをお母さんに伝えれば成仏して終わりだろう。
でも俺には考えがあった。
「なあ紅葉、このページ破ってもいいか?」
「何を言って……」
紅葉は察したのか。言葉を切り、こう言った。
「……ああ、いいぜ。好きにしろ。成仏はできなくなるし、文字が見える保証はどこにもねーけどな」
「さんきゅ……」
俺はかなちゃんに書いてもらったページを破った。
これをお母さんに見せる。かなちゃんは成仏させない。
犬のさくらと同じように、いい幽霊として取り憑かせる。
きっと大丈夫だ。
俺はかなちゃんの手を引っ張って、神社を出た。
目指すはかなちゃんの家。記憶を頼りに行く。
走っていると、紅葉が笑いながら言う。
「こんなことするやつは初めてだ。やっぱお前は最高だ。かぐら!」
「笑ってられんのも今のうちだぞ。このあと泣くことになるんだから」
「成仏してもらうためのもので、成仏させない。ありえねー」
「笑うな。この曲がり角曲がったらすぐだぞ」
「りょーかい」
かなちゃんの家に着き、迷わずピンポンを押した。
出てきたのは記憶で見たお母さんだった。
「どちら様……?」
「俺は、かなちゃんの知り合いで見てもらいたいものが」
破ったページを渡そうとした。それをかなちゃんが止めた。
「どうして……?」
「あたしがわたす」
見えないのにどうやって、と思ったが、かなちゃんに迷いなく渡した。
「おかあさん、あたしのことおぼえてる?」
「……ええ。これは夢? かながいる――」
お母さんはかなちゃんに抱き着いて、泣いていた。
同じようにかなちゃんも泣いていた。
どうして見えるんだ。そんな疑問が浮かんだ。
察するように紅葉が言った。
「たまにあるんだよ。こういう奇跡が……」
「…………」
俺は何も返せなかった。目の前の光景に見惚れてしまっていたから。
「ごめんねおかあさん。あたし、ずっとずっとだいすきだよ。きらいじゃないよ」
「私もよかな。だってかなは一生宝物だもん。愛してる」
「ありがとう。これさいご、おてがみあげる。もうおわかれのじかん。じゃーね、おかあさん」
かなちゃんの体は消えかけていた。淡い光となって、まるで蛍のように。
「元気でね、かな。会いに来てくれてありがとう」
「うん!」
かなちゃんは満面の笑みで消えた。光が加速するように――。
お母さんは手紙を受け取って、泣き笑いしながら言った。
「なにこれ。なにも書いてないじゃん。かな……」
奇跡という名の魔法は解けていた。かなちゃんがいなくなった瞬間に。
かなちゃんは成仏していた。これは恐らく異例の結果だろう。
いつもうるさいあいつが、妙に静かだった。
まるで永遠の別れを告げるように――。




