98話
呪いの作法が始まってすぐ、満景とは別の班から声が上がった。
「先生。紙が燃えないんですけど」
鬼瓦先生は、声をあげた生徒のもとへ向かい、その生徒が持つ短冊に目を向ける。
その短冊はライターの火で炙られ続けているにもかかわらず、焦げ目一つない状態だった。
鬼瓦先生は短冊の様子を確認すると、すぐにこの短冊に名前を書かれている生徒へ目を向ける。
その生徒は、手に銅鏡を持っていて、得意げな顔をしていた。
「あの鏡が標的の生徒の鏡像を結ぶことで、呪いが生徒本人を見つけられていない。だから短冊が燃えないんだろう」
「それじゃあ、呪いは失敗ってことですか?」
「いや。短冊をライターで燃やし続けろ。最初は標的の像を捉えられなくても、墨にある血を縁に呪いは発動する」
その説明の最中に、燃える様子がなかった短冊の端が、徐々に焦げ付き始めた。
これでちゃんと呪いが発動するとわかったようで、その班の全員が安堵した様子になる。
一方で銅鏡を持つ生徒は、自分の防備が不十分だったことと、呪いを受ける未来から逃れられないと知って、顔色を悪くしている。
ああして呪いが発動するまで間がある班もある一方で、満景の班はあっさりと短冊が燃え上がっていた。
燃えた短冊から上った薄い煙が、実習室の中には風は吹いていないのに、標的である佐藤清へと向かった。
満景は、自分の目に猫目の印を施して霊視ができるようにしてから、その煙に目を向ける。
煙自体は薄いものの、その煙の中に隠れるように、黒っぽい何かが存在していた。
その黒い何かが呪いの源であると、満景は直感した。
呪いの源を含む煙は、佐藤清の近くに漂い、そしてその体にまとわりつこうとする。
しかしどういうわけか、煙は佐藤清の身体から少し離れた地点より先には近づけない様子だ。
煙が近づけない原因は何なのかを、満景は佐藤清の衣服を観察してすぐに把握できた。
佐藤清の左手首には、木珠と水晶珠で作られた短めの数珠がある。どうやら、その数珠が呪いを遠ざける働きを担っているようだった。
このままでは失敗かと思いきや、やおら煙の挙動が変わった。
今までは、佐藤清の全体に煙が漂っていた。
しかし挙動が変化してからは、佐藤清の顔と足元へと煙が二分して移動し始めたのだ。
「うわ、顔に!?」
佐藤清は、煙を吸わないように右手で自分の鼻と口を押さえると、数珠がある左手で顔近くにある煙を打ち払う。
佐藤清の顔にあった煙は、その内にある呪いの源と共に、数珠の力によって祓い清められてしまった。
しかし佐藤清が目の前の煙に注目している間に、彼の足元に集まっていた煙が仕事を果たしていた。
佐藤清の数珠が顔の煙を打ち払うことに強い力を使った瞬間、足元の煙が佐藤清のズボンの内側へと入り込んだのだ。そして満景の目には、佐藤清の足首に呪いの源がしみ込んだ様子がはっきりと映っていた。
ここで小里が、小声で満景に聞いてきた。
「あれで呪いかかったってこと?」
「そうだね。彼、今日からしばらく、段差に躓きやすくなったんじゃないかな」
「うっわー。じみーな呪いー」
佐藤清に呪いはかかった。
では他の生徒はというと、先ほどの銅鏡を持つ生徒を含めて、全員が呪いを受けたようだった。
満景が自分の目に描いた猫目の印を解くのと同時に、鬼瓦先生が呪いを食らった生徒たちに顔を向ける。
「どうだ。自慢の道具は役に立ったか?」
生徒たちが持ってきた呪具では、今回の呪いを防げないと分かっていた口調だ。
それはそうだろうと、満景を含む呪いに造詣の深い家の出身者である生徒たちが納得顔になる。
どういうことと疑問顔の小里に、満景はネタ晴らしをする。
「今回の呪いの作法は、呪いの強さと期間を犠牲に、呪いをかけることだけに特化したものなんだ。だから、どんなに呪いを防ぐ道具を持っていたとしても、防げたりはしないんだよ」
「でも満景は、うん千万とかうん億円のなら防げるって言ってなかった?」
「防げるけど、費用対効果が悪すぎるから現実的じゃないよ。だって、この呪いは短い間だけ運が悪くなるだけ。なら、何千万円の呪いを防ぐ道具より、数千円の開運のお守りの方が役に立つんだ」
「なるー。あ、もしかして、それって呪いの対処法の一つだったり?」
「そうだね。運が悪くなる呪いなら、運が良くなるお守りを。怪我をする呪いなら、怪我のない作業に従事する。そういう対処療法の方が、呪いに対して有効だったりするんだ」
「そういえば、あの施設の中で、呪いは時間経過と共に弱くなるって話あったっけ」
呪いは時間と共に薄まるため、呪いの力がなくなるまで耐えればいい。
これが呪いに対する、一番簡単な解決方法だ。
ただし、日々呪われ続けることを耐える精神力が必要だったりする。
「おーし。呪いがかかったのなら、今度は呪い返しの作法について学ぶぞ。呪いをかけた生徒は、呪い返しを受ける心構えをしておけよ」
鬼瓦先生の声の後、呪いを食らった生徒たちは、一刻も早く呪いを解呪しようと乗り気になっていた。




