96話
呪いを解呪できない被害者たちを見学した翌日。
満景が所属するA組の教室内は、重苦しい空気に包まれていた。
どうやら東京都内には、満景たちが向かったビル以外にも、呪いを受けた被害者を収容する施設が方々にあるらしく、A組の生徒全員がその被害者たちを見学したようだった。
そして多くの生徒が、人を呪う恐ろしさを知って、人を呪う道には進むまいと決心した様子でもあった。
一方で満景は、実家が狗神使いの家であることもあって、人を呪う道を恐れる必要があるのかと考えていた。
(確かに呪いは怖いものではあるけど、呪いを知らなきゃ解呪の方法も分からないままになっちゃうんだけどなぁ。むしろ怖いものだからこそ、より詳しく知っておくべきだと思うんだけど)
世の中には怖いものは沢山ある。
例えば、毒魚の代名詞であるフグだったり、全人類にとって最大の毒ともいえる放射線物質。
しかしフグは捌き方さえ知っていれば、美味しい身を食べることができる。
放射線物質についても、鉛の器で封じ込めこめば安心だ。
そういった怖いものだからこそ、解決法を知っておくことが、後の安心や安全に繋がるはずだと、満景は考える。
そして、どうやら学校の方も、満景と同じ考えで霊能者を教育するためのプログラムを組んでいるようだった。
この日の午後の実習にて教わることになったのは、呪いのかけ方と防ぎ方だ。
「いいか。今日の実習は、これまで行ってきた実習とは違い、危険なものだ。ふざけて教材を扱ったりしないように」
鬼瓦先生の言葉を聞きながら、生徒たちは実習室の机の上に並べられた教材に目を向ける。
生徒たちに配られているのは、細長い短冊、墨汁の入った硯、細筆、医療用の採血の針。
それらが呪いのための教材ということもあって、生徒たちの顔は一様に嫌そうなものになっている。
そんな生徒たちに向って、鬼瓦先生が説明の続きを口にしていく。
「これから行うのは、呪いの中でも一番簡単な、そして解呪も簡単なものだ。簡単だからこそ、呪いは弱いし、呪い返しされた際に降りかかる呪いも弱い。だから安心して、呪いをかけて、呪いを返される体験をするといい」
鬼瓦先生の説明が途切れるタイミングで、若槻が挙手した。
「どうした若槻。質問か?」
「呪いを受けたり返したりする際に、やりすぎちゃう場合があるんですけれど」
誰がを濁した言い方だったが、同じ班員である満景たちは、若槻の守護神だとすぐに理解できた。
鬼瓦先生も、若槻の守護神のことを知っているからか、納得の頷きをした。
「呪いに対する護りは完璧だろうからな。若槻は見学でいいぞ」
鬼瓦先生が許しを与えると、若槻は安堵した顔になり、そして他のとある生徒が勢いよく挙手して発言をした。
その生徒は、クラスメイトではあるものの、満景にとって関りが薄くて良く知らない人物だった。
「呪いに対する防護があれば見学でいいのなら、自分だって見学を希望します」
この主張に、また数名の生徒が同調する声を上げる。
鬼瓦先生は、落ち着けと身振りしてから、声を上げた生徒たちをぐるっと見回した。
「お前たちが、そんな護りを持っているとは、俺は聞いていないが?」
「霊能者を親に持っているんですから、呪いに対する防備だって渡されてますよ!」
声を上げた生徒たちは、それぞれが何かしらの物体を鬼瓦先生へと掲げて見せた。
それは、護符であったり、身代わり人形であったり、銅鏡だったりした。
その場面で、小里がこっそりと満景に近寄ってきた。
「あのさ。悪霊の大群と戦った実習で怖い目にあったからさ、ああいったモンから身を護るグッズを買ってあるんだけど。私も鬼瓦先生に言った方が良かったり?」
小里が見せてきたのは、小動物の皮で作られたボールがくっついたキーホルダー。恐らく、系統的には身代わり人形のようなものだ。
満景は、身振りで仕舞った方が良いと示した。
「鬼瓦先生が言っている『呪いに対する防備』っていうのは、若槻さんの守護神のような、どんな呪いも跳ね返せるような存在だと思うよ」
「これじゃ、力不足ってこと?」
「そのキーホルダーが、何千万円とか何億とかするものだったら、十二分な防備だって認めてくれるだろうけどね」
この満景の忠告が正しいと証明するように、鬼瓦先生は人の悪い笑みを浮かべながら、呪いに対する防備を持っていると主張する生徒たちに指を向ける。
「そういうからには、その道具の性能試しをしよう。喜べ、他の皆。呪いをかける先が立候補してくれたぞ」
唐突に呪われる先だと指名されて、呪いの防備を持つ生徒たちの顔色が青くなっていた。




