92話
廊下を曲がった先にも、白い廊下が続いていた。
これまでと同じように、左右の壁にはなにもない。
同じ光景の連続と雰囲気に慣れたこともあり、生徒側の歩き方も自然なものに戻っていた。
そのまま廊下を歩いていくと、また右への曲がり角が現れた。
新たな右の曲がり角に、小里が疑問を口にした。
「これって、遠回りする道順じゃない?」
満景も、ここまでの廊下の道順を思い出してみた。
長い廊下の先に右へ曲がる。それを二回繰り返してみる。
すると脳内に現れたのは、大きな四角を迂回するように廊下が作られている図形だった。
そんな図形が思い浮かんだところで、磐根先生が顔だけ振り向いた。
「心配しなくても、曲がったらすぐに目的地です。ご明察の通り、この先にあるのは、あるものを閉じ込めるための部屋ですね」
閉じ込める部屋という言葉に、満景は嫌な予感が増した。
それでも磐根先生に案内されるまま、曲がり角を進み、廊下を進む。
すぐに目的地、という言葉の通り、今までの道とは違う光景があった。
廊下の片側に、透明ながらも頑丈そうな扉がついた部屋が立ち並んでいたのだ。
それら部屋部屋の中には、ベッドとトイレが一つずつあり、そして人間が一人ずつ入れられていた。男女や体格や年齢の区別はないようで、様々な老若男女がいた。
その全員が、ベッドや床などに座っていて、ボーっとした顔で空中に目を向けたまま動かない。
「これは、刑務所か?」
ギヤマンが放った嫌悪感を含んだ言葉に、磐根先生は首を振った。
「いいえ。これは治療室です。まあ、政府関係の仕事を請け負う霊能者たちからは、安置所と言われていますけどね」
「安置所? 留置所ではありませんの?」
人を一所に置いておく場所のことは、留置所というのが一般的。
そして安置所は、基本的に人にではなく、神仏の像や死体を置く場所に使う。
なので、手水舎が指摘した言葉に間違いはない。
だが磐根先生にしても、自身の発言に間違いはないようだった。
「安置所と呼ばれる理由について、霊能力がある皆さんなら分かるのではありませんか?」
そう言われて、生徒たちは部屋の中にいる人を注視した。
すると全員が、ここまで感じていた嫌な予感の発生源が、この人たちなのだと理解した。
そして満景だけは、さらに一歩踏み込んだ認識を得ていた。
「この人たち、呪われたり、祟られたりしてますね。ああ、だからこんな場所に閉じ込められているのか」
満景が一人納得していると、小里に指で突かれた。
「どういうことか、ちゃんと説明しろー?」
「あーうん、それは構わないけど」
満景が磐根先生に視線を向けると、解説は任せるという身振りが返ってきた。
「じゃあ、先ず前提から。僕の生家である犬塚家は、狗神使い。つまり呪いには、ちょっと詳しい家なんだ。だから呪いのかけ方の他に、呪いの解き方にも見識があるんだよ」
満景は説明しながら、片手の指を三本立てる。
「呪いの解き方には三つある。一つ目は、呪いを呪力でもって跳ね返すこと――いわゆる呪い返しってやつだね。二つ目は、呪術者に呪うことを止めさせる。お金を払って解決したり、実力行使で止めさせたりだね。そして三つ目が、この施設でやっているように、呪われた人が死なないように管理しながらの、呪術者の呪力が尽きるまで行われる長期戦。人を呪うには、大きな力が必要だからね。呪術師の呪う力が切れるまで、我慢し続ければ勝てるんだ」
「なるほどー。さっき磐根せんせーが言ってた、ここが治療室、ってことにかかってくるわけね」
「祟りについては、この長期戦が一番有効だそうだよ。祟りの場合だと、祟り殺したの力を祟りの源が吸収して力に変えるから。新たに祟り殺されないような封印や方針を施してから、弱い祟りを食らい続けることで、何十年もかけて祟りの力を弱めていくんだよ」
満景の解説が終わると、磐根先生から拍手が起こった。
「良い解説でした。しかし、一つだけ抜けがあった点が残念でしたね」
「なにか説明し忘れてましたか?」
「ええ。長期的な解呪を選ぶ理由について、どうやっても呪いや祟りを祓えなかったからこの方法を選ぶしかないのだと、犬塚君は解説していませんでしたからね」
そう言われて、満景はうっかりしていたと恥じた。
一方で二人の解説を聞いていた他の面々は、痛ましい目を部屋の中にいる人たちに向けた。
「呪いや祟りが晴れるまで、この人たちはこのままってこと?」
「残酷ではある」
「仕方ねえんだろうな。これ以外の治療法がないってんだから」
「呪いよりも、祟りの方が長引くんでしょうね、きっと」
「……そういう理由があるにしても、こんなビルの地下に隠すようなことしなくても良いではありませんか」
手水舎が、透明な扉がある部屋に近づく。その部屋の中には、満景と同年代の少女がいた。
きっと同情心から、手水舎はその少女に話を聞こうとしたのだろう。そして少女が望むのなら、この地下から出してやろうとも思っていたことだろう。
しかし、その手水舎の歩みを、磐根先生が横っ飛びで抱きつくようにして止めた。
「危ないですから、扉に近づいてはダメです!」
「危ないですって。ちゃんと扉は閉じられているでしょう?」
手水舎は足を止めながら、顔を改めて部屋の中へ。
すると、部屋の床に座っていた少女の顔が、手水舎に向いていた。
その表情は、宙を見る無表情から変化を始め、段々と得物を見つけた獣のような荒々しい表情になった。
部屋の少女は、手水舎の顔を見つめたまま、ゆらりと立ち上がった。
次の瞬間、少女は手水舎へと飛び掛かってきて、そして透明な扉にぶつかってひっくり返った。
しかし一度失敗しただけで諦める気はないようで、叫び声を上げながら二度三度と扉に突進する。
「ぎゃーー! ぎゃぎゃぎゃ! ぎいいいやああああ!」
「な、なんなのですか……」
手水舎が立ち位置を一歩後ろにずらすと、少女は唸り声を上げながら手水舎を狙う目で睨み続けていたが、熱が冷めたように再び無表情で座り込む状態に戻った。
満景は、一連の光景を見て、現象の理由を理解した。
「その女性の呪いの使い手は上手く呪術を組んでいるね。祟りの仕組みを流用して、その女性に近づく人から生気を奪って呪力に変換する呪術式を組み入れて、長期戦にも対応できる呪いに仕上げているみたいだ」
満景が感心しながら説明すると、周囲で聞いていた人たちはドン引きしていた。




