91話
ガラスの塔のような高層ビルの地下へ、エレベーターが降りていく。
しかし長い事待たされることなく、エレベーターの扉は開いた。
開かれた扉の先に現れたのは、一直線に伸びる真っ白な廊下。その天井には長管のLEDライトが並んでいて、白々しい色で廊下を照らしている。
「皆さん。行きますよ」
磐根先生が真っ先にエレベーターを下り、真っ白な廊下に踏み出す。
後に続こうと、満景はエレベーターの扉から一歩出る――その瞬間、嫌な予感がして体を強張らせた。
満景には、この嫌な予感の正体に感付く。
得体のしれない存在の縄張りに入ったときに感じる、こちらの存在を拒否しながら、踏み入ってきたら命を取ると言葉もなく告げている、あの感覚だ。
満景と同じ感覚を、エレベーターに同情した班員の面々も感じているようだった。
まず、小里がエレベーターを下りた磐根先生へと苦情を口にする。
「あのー、せんせー。なんだか、ここって、怖ーいところじゃないです? うちの管狐が、すっごくビビってんですけどー」
「いえいえ。雰囲気が怖いだけで、見学者に危険がある場所じゃありません。危険がある場所なら、先生がこうも平然としていられるはずがないじゃないですか」
磐根先生の笑顔による否定。
しかし、生徒側は納得できない。
続けて、手水舎が疑問を口にする。
「そもそもにおいて。この場所がなんなのかを、教えて欲しいのですけれど」
「残念ですけど、事前に情報を教えることは禁止されているんです。見学者に与えるインパクトが薄れるからっていう理由でです」
相変わらず、磐根先生は申し訳なさそうに眉を伏せるが、顔全体の表情は笑顔のままだ。
ここで、ギヤマンが舌打ちと共に、エレベーターの外へと自身の体を移動させた。その手には、伸長させた梵字入りの特殊警棒が握られている。
「嫌な予感がしていたってよお、用心すりゃ良いだけの話だろ。さっさと行こうぜ」
そのギヤマンの主張に続くように、意外なことに、若槻がエレベーターを下りた。
「わたしの神様が何も主張してこないから、あまり危険じゃないみたいだよ」
若槻の守護神は、若槻に危険がある場所に、若槻を近づけさせまいとする。
その行動がないということは、満景たちが感じる嫌な予感は取り越し苦労な可能性が高い。
それならと、全員が納得してエレベーターを下りた。
警備員だけを乗せたエレベーターの扉が閉まり、上へと昇っていった。
退路を断たれたこともあり、満景たちは磐根先生の案内に従って、真っ白な廊下の先を目指して歩くしかなくなった。
地下階だからか、ビルの外から入ってくる音は一切ない。
いま廊下にある音は、通路を歩く満景たちの足音と衣擦れに、空調システムの低い稼働音だけ。そこに、廊下を先に歩く度に強まる、例の嫌な予感が乗っかってくる。
その静かさと嫌な予感を誤魔化すためにか、小里が明るい口調で言葉を放ってきた。
「いやー。東京都心のど真ん中に、こんな怪しいビルがあるなんてねー。これはもう、都市伝説的な話が本当だったってことかもねー」
「都市伝説って?」
満景が反応すると、小里が更に饒舌になる。
「聞いたことない? 皇居と老舗ホテルが地下通路で繋がってるとか、政府関係の建物の地下には政府高官しか入れない会員制のバーがあるとか」
「へー、そんな話があるんだ。あいにくだけど、僕ってテレビやネットはあまり見ない生活を送ってたから、知らなかったよ」
返答しながら、満景はふと思ったことがあった。
「その都市伝説の中に、このビルに似た話はない?」
「えー、どうだったかなー。うーん。さっき喋った、会員制のバーってのが真っ先に思い浮かぶけどー。その他だと――」
小里は、記憶の底に沈んだ情報を掘り起こすかのように、自分の額を指で突いている。
「――日本に入り込んだ各国のスパイを捕まえて拷問して情報を引き出すための施設とか、非合法な研究を行っている施設とか、そういう都市伝説というより陰謀論的な話ばっかりかなー」
「情報屋として掴んだ情報の中にも、ないってこと?」
「言っておくけどさ。私って、情報屋としては半人前の扱いなわけ。だから触れるだけでヤバい情報とかは、触れることができないようにされてんの」
だから知らないと告げる小里に対し、満景は直感的に思いついたことがあった。
「それって逆を言えば、小里さんが知らないってことは、このビルの地下階は、触れるだけで危ない情報の元ってことじゃない?」
「…………マジで、そういうことじゃん」
小里が愕然としていると、先頭を歩いていた磐根先生が振り返った。
「このビルの地下は、お二人が喋っていた通り、政府の方針によって秘匿されている場所の一つです。なので、他言無用でお願いしますね」
「……そんな秘密の場所に生徒を連れてきて、秘密が守れると思ってんのかよ」
ギヤマンが苦情のように言うと、磐根先生が笑みを強めた。
「人や場所の秘密を守るというのは、霊能者として活動するのなら、いの一番に厳守しなければいけない項目ですよ。それが守れないような人なら、霊能者として落第です」
「その資格の判別のために、こういう秘密の場所を教えるってことかよ」
「もっと言うと、この地下階程度の秘密なら、バラされても余り問題がないんですよね。情報漏れが分かったのなら、他の場所に移すだけでいいですし」
磐根先生が会話を切り、廊下を左に曲がった。
廊下はひたすら真っ直ぐに見えたのに、曲がり角があることに、満景は驚いた。しかしすぐに、何らかの呪術で曲がり角を隠していたのだと気づいた。
(ビルの地下に隠して、さらには術式で廊下の先を隠していた。いったい何があるんだろう?)
満景は疑問を胸に抱えたまま、磐根先生の案内についていくことしかできなかった。




