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88話

 儀式での天手力男神の敗北は、二十余年ぶりなのだという。

 その大快挙に、神社の境内に居合わせた人達は大盛り上がりになった。

 神社近くで営業していた出店の店主たちも、この快挙を祝おうと、自分の商品をタダで提供する。


「目出度い日に、銭勘定なんてしてられるか! 食べねえ、食べねえ! 自慢の焼きそばだよ!」

「ジュースもかき氷も、在庫が切れるまで楽しんでくんな!」

「祝いの花火はいらんか! 手持ち花火に、据え置くヤツもあるぞ!」


 神社とその周辺が活気つく中、快挙の立役者である力昇岩は、力雄の家の大広間にて歓待されていた。

 出店の料理の数々の他に、力雄の家族が作ったと思わしき家庭料理も並んでいる。飲み物も、奉納品の缶ジュースや瓶詰の酒が大量に並べられていた。

 力昇岩を長机の中央に座らせ、周囲に氏子と儀式の参加者たちが立ち並ぶ。

 その全員に飲み物が配られ終わったところで、狩衣姿の神職――力雄の父親だそうだ――が完敗の音頭を取った。


「当神社の祭神が見事に敗北したことを祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 各々が一杯目の飲み物を飲み干すや、思い思いに並んだ料理を紙皿の上に移して食べ始める。

 主役である力昇岩は、氏子の女性陣たちが陶器皿に料理を取り分けて配膳する。


「ごっつあんです」


 力昇岩は女性陣に一礼すると、祝箸を手にして配膳された料理に口を付けていく。

 その食べっぷりは、流石は大関だと感心するほどで、瞬く間に配膳された料理たちが口の中に消えていく。

 しかし皿の上が綺麗になる度に、新たな料理が力昇岩の前に置かれていく。


「遠慮せず、どんどん食べてくださいね」

「ありがとうございます」


 力昇岩はお礼を言いつつ、黙々と料理を口にしていく。

 そんな姿を目にしていた満景に、外から入ってきた力雄が近寄ってきた。土濡れだった背中側は綺麗に戻ったようだが、相撲回しと法被の姿である。

 満景は、自身から力雄に声をかける。


「お疲れ様。社殿に戻った神様にお酒を持っていったんでしょ。どんな様子だった?」


 相撲に負けて、さぞや悔しがっているだろう。

 満景は、そう考えていたが、どうやら違うらしい。


「樽酒三つを運んだが、嬉し酒ですぐに空になりそうな勢いだ」

「嬉し酒って。負けて喜んでいたの?」

「そういうかただ」

「つまり、この儀式は、神様の力を見せつけるためじゃなく、神様の力に勝った人を言祝ぐためのものってこと?」

「力比べを望み、結果負けてへそを曲げるのは、筋が通らんぞ?」


 価値観の相違が起こりそうだったので、満景は話題を別に切り替えることにした。

 満景は、自身の身体についていた土俵の土が入った、あの敢闘賞で貰えるお守りを着流しの内から取り出した。


「力雄も、敢闘賞貰ったんでしょ?」

「ああ、貰った。実家のものだから、有難みは薄いが」


 二人してお守りを見せ合っていると、やおら声をかけられた。

 その声をかけた人物は、高級そうな一眼レフカメラを手に持った、初老の男性だった。


「毎年、敢闘賞を貰った人たちを集めて記念写真をとっているんだ。さあ二人とも、力昇岩関の周りに集まって」


 言われるがまま、満景を初めとする敢闘賞のお守りを手にした人達が、力昇岩の左右と背後に移動した。

 お守りを貰えた人たちは、そのお守りを掲げる。力昇岩関は、二十余年ぶりの勝者だと示すように、どっしりとした身構えをとる。

 それらの光景を、初老男性のカメラが収めた。予備として、さらに二回シャッターが押された。

 そうした写真撮影が終わると、集められた人達は再び立食パーティーのような食事会に戻った。

 満景と力雄も食事に戻ろうとして、二人とも広間の出入口に立っている手水舎に目を止めた。

 なぜか手水舎が、満景と力雄のことを羨ましがる目で見ていたからだ。

 二人は疑問に思い、手水舎に話しかけることにした。


「どうかした? なにか食べたい料理が取れずにいるとか?」

「言えば、とってくるぞ?」


 手水舎は、良い所のお嬢様だ。この広間で展開されている、下町の宴会スタイルは慣れていないのかもしれない。

 そう思っての二人の提案だったのだが、的を外していたらしい。


「この神社に来る前に、屋台料理を沢山食べたものですから、更になにかを食べたいというわけではありません」

「それじゃあ、どうして物欲しそうな顔をしていたの?」


 満景がストレートに尋ねると、手水舎はバツが悪いように顔を逸らした。


「そんな顔、しておりません」

「そういう建前は良いから。ほら、言ってみなって」


 満景が促すと、手水舎は恥を告白するように赤面で理由を口にする。


「羨ましいと思っただけです。お二人が、力昇岩関と同じ写真に入ることができたことに」


 理由を聞いて、満景も力雄も納得の頷きをした。

 そして満景は、羨ましいと言われてもと困惑する。

 一方で力雄は、合点がいったという調子のまま、この場を離れた。

 場に残された満景と手水舎は、なにも言わないまま、時間が少し流れた。

 そうして黙り込む二人のもとに、力雄があるものを携えて戻ってきた。彼の手にあったのは、正方形の色紙、筆ペン、大判の朱肉、クレンジングシートだった。


「ほら、手形入りのサインを貰いにいくぞ」

「えっ、ちょっと、お待ちに」


 力雄は手水舎を引き連れて、力昇岩の元へ。

 力雄が力昇岩が二、三言葉をかけてから、手水舎を前に押し出した。

 力昇岩は、手水舎のような若い女性がファンだと知って驚いた様子を見せてから、快く色紙に赤い手形と筆ペンのサインを書いて渡した。

 手水舎は、力昇岩のサイン色紙を貰えたことに有頂天になるほど喜ぶ様子を見せると、ペコペコと何度もお辞儀しながら、満景の近くに戻ってきた。


「はぁ~。一生ものの家宝にしないと」


 うっとりと色紙を見つめる姿は、学校で見る手水舎からは想像もつかない見た目だった。

 その後、手水舎の手にサイン色紙があることを見つけて、小里たちも集まってきたが、手水舎は汚されてはたまらないとサイン色紙を誰の手にも渡そうとはしなかった。

 こうして、満景たちの伊角神社の例大祭への参加は終わりを迎えたのだった。

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― 新着の感想 ―
>その全員に飲み物が配られ終わったところで、狩衣姿の神職――力雄の父親だそうだ――が完敗の音頭を取った。        乾杯の音頭を「完敗」とシャレたのですね。(^o^)
手水舎さん良かったねえ こういう所で変に遠慮し過ぎないで素直にファンだって伝えた方がお互いにええでな
有名力士はかなり持てるらしいな
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