84話
土俵脇に立ち並んだ、新たな五人の挑戦者たち。
その彼らを見て、観客から騒めきが起こる。
「とうとう幕内の登場か」
「ここからが本番と言ってもいい」
観客の言葉に、満景は疑問を持ち、手水舎に質問する。
「さっきまでの力士と、これからの力士は違うって認識でいい?」
手水舎は、物を知らない子供に対する目で満景を見てきた。
「これまでに登場した相撲取りは幕下で、彼らには月給がもらえないのです。その点を指し、幕下はプロではないと見る方もいます。翻り、いま土俵脇にいる幕内力士は、月給をもらう相撲のプロと考える者もいるというわけです。そのような単純な見方は、わたくしは好ましく思ってないと表明しておきます」
「なるほど。でも幕内力士は、だれが見てもプロの相撲取りなんでしょ。なら、観客が期待するのは分かるかな」
「……幕内力士が強いことは間違いありませんけれど」
手水舎は、満景に上手く説明しきれなかったことに、口惜しそうな顔をしている。
なにはともあれ、幕内力士と天手力男神の取り組みが始まった。
一人目が土俵に上がり、四股と塩撒きを行い、土俵の中央へ進んでから屈む。
その屈み姿は、まるで一本の太い芯が体に入っているかのように、真っ直ぐでゆるぎない。
「これは確かに、幕下力士とは違う感じがするね」
「百聞は一見に如かず。わたくしの説明など不要でしたね」
行事が土俵中央で軍配を立て、掛け声を放つ。
「はっけよい!」
立ち合いで、幕内力士は天手力男神とぶつかりあうことを避けるように、手を伸ばた。
その手は、天手力男神の喉元を下から上へと押し上げる形で発揮された。
天手力男神は突き出された手で持ち上げられるようにして、上体が軽く仰け反る形に。
幕内力士は、その伸びあがった天手力男神の身体の内側に入りこむように、腰を低く据えた状態で回しを取った。
「上手です。のど輪で勢いを殺し、そして身体を浮かせる。その隙に懐に入り、自身に優位な形に組んだのです」
「つまり、幕内力士が優勢ってこと?」
「この段階では、そうですわ」
そして幕内力士は、有利な体勢に持ち込めたからか、じっくりと攻めることを選択したようだ。天手力男神に回しの良い位置を取らせないように動きつつ、じりじりと立ち位置と手の位置を更に優位になるように動かしていく。
天手力男神は持ち前の膂力でもって引きはがそうとするが、幕内力士は上手く体を揺すって天手力男神の手を滑らせて捕まらせないようにする。
「技巧派って感じだね」
「ああいう、技術で勝ちに貪欲になれる者は、後々に伸びていくもの。これからが応援しがいのある力士でしょうね」
幕内力士は少しずつ優位を取りに行っていたが、とうとう万全の状態まで持っていけたのだろう、いよいよ攻め始めた。
大きく回しを引き付けながらの投げ。天手力男神の身体が大きく傾き、頭の位置が土俵スレスレまで下がる。
これは決まった――かに思えたが、あと十センチメートルで頭が土俵の土に触れるという場所で、天手力男神の傾きが止まった。天岩戸を投げ飛ばせる力でもって、身体の傾きを止めたのだ。
投げが不発に終わったが、幕内力士は一発で仕留められるとは考えていなかったようで、すぐに次の投げを打った。
天手力男神の足が土俵ついていたら堪えられると分かったからか、腰投げで相手の足を浮かせて投げることを選択したようだ。
「「おおー!」」
天手力男神の身体――普通の観客には靄のようにしか見えない――が、幕内力士の投げを食らって空中に浮かぶ。
しかし天手力男神は、片足を伸ばして無理矢理土俵を踏むと、その足一本で投げを耐えきった。
幕内力士は、組手の優位さを活かして、投げを放ち続ける。
天手力男神は、数々の投げ技を、どうにか耐えていく。
まさに窮地。このままいけば、幕内力士の勝利は固い。いよいよ天手力男神が負ける姿が拝めるのか。観客の誰もが期待感を胸に抱いて観戦している。
あと少し。あと少しで勝てそう。
その思いは、たぶん取り組みを行っている幕内力士にもあったのだろう。
これで決めるという投げを放つ際、その投げ技の入り際に粗さが出た。
そして天手力男神は、その微細な粗さを見逃さなかった。自身の腕を相手の回しを掴む手の前腕に叩きつけることで、荒っぽく回しを掴む手を外させたのだ。
一気に優位な組み方を崩されてしまったが、流石は幕内力士だけあり、すぐに組み直してみせた。
状況は、圧倒的優位から五分になってしまった。
それでも幕内力士は諦めず、手の位置、立ち位置を微妙に動かして、再び優位な組み方になろうと動く。
天手力男神は、そうはさせまいと相手の手と立ち位置を邪魔していく。
両者が膠着状態になり、行事が「はっけよい」を連発して状況を動かそうと発破をかける。
取り組みが長時間になり、段々と幕内力士の顔に疲労が現われる。
この疲れから、幕内力士の動きの精彩に一瞬陰りが現れた。
その瞬間を狙いすましたように、天手力男神が動いた。下手投げだ。
幕内力士は精彩を欠いた瞬間に放たれた投げ技に、瞬間的に対応できなかった。そして対応できなかった一瞬が、勝負を決めた。
幕内力士は土俵の上に転がされる結果になり、体中に土が塗れる形で敗北した。
天手力男神が敢闘を認めた証である、土塗れの体を見て、観客から歓声が上がった。
「「「おおおー!」」」
幕内力士は、歓声を背に一礼し、土俵から降りた。
そして二番手の幕内力士も、先のと同じように、天手力男神と白熱した取り組みの果てに土濡れの体になって敗北した。
この幕内力士二人の後に登場するのが、この伊角神社の跡取り息子である力雄である。




