83話
取り組みは順調に進んでいき、素人相撲の有名人だという四人目が、敢闘を認められたようで土俵の土を身体に付ける形で敗北。
そして五人目――三段目力士の登場だ。
三段目力士は自前の浴衣を脱いで、土俵に上がる。その回し一丁姿になった肉体を改めて見て、満景は目を丸くする。
「なんか、すっごく大きいし太ってない?」
身長は二メートルに達しそうなほど大きく、そして横幅は大人三人分はありそう。
天手力男神だって、日本人として考えるのなら、良い体格をしている。
しかし三段目力士の前に立つと、まるで大人と子供のような体格差になっている。
「あの力士は、二十歳未満なのにああして恵まれた体格と、相撲取りからも羨ましがられるほどの太りやすい体質を持ち、これまでの幕下での取り組みで全勝していることもあって、今の相撲界において入幕確実と目されている者です。所属する相撲部屋はここから遠いはずですが、遠征してきたのでしょう」
ためになる手水舎の解説に、満景は納得の頷きを返すと、ふと自分の周囲が気になった。目を向けると、小里を初めとする友人たちと、氏子の年配女性たちが近くに寄ってきていた。
その人達を代表するように、小里が手水舎へと声を放つ。
「解説の芍香ちゃん。じゃあ、あの太っちょ力士さんは、どうやって神様と戦うかわかるー?」
「解説って――まあ、いいでしょう。あの力士の戦い方は、ほぼ一本化されているのです。立ち合いで、相手の胸元に張り手を一発。それで倒れなかったら、回しを掴んでの押し出し。そんな戦い方しかしないので、勝ち星を上げることが力士ではあるものの、見ていて楽しい方ではありません」
手水舎の解説が一段落着いたところで、土俵上から行事の掛け声が起こった。
「はっけよい!」
対戦者二人が突進し合い、そして手水舎が予想したように、三段目力士が先に手を伸ばして天手力男神に張り手を打ち付けた。
三百キログラムに達しそうな体重を込めて放たれた張り手は、天手力男神の前に出る勢いを完全に殺しきった。しかし勢いが殺されただけで、天手力男神は平然と土俵の上に立っている。
三段目力士は、手水舎予想した通りに、次は勢いが止まった天手力男神の回しを掴み、押し出しを図る。
両者に体重差があるからか、天手力男神はこれまでの取り組みで初めて立ち位置が後ろへと押し込まれていく。
「「おおおー!」」
初めて見る天手力男神の窮地に、土俵の周囲から歓声とも悲鳴とも取れない声が上がる。
そのまま天手力男神は押し込まれていき、土俵際。徳俵と呼ばれる、土俵で一段外側に置かれた俵に足が乗り、そこで踏ん張る。
行事が立ち位置を、その徳俵が良く見える場所へ移動する。
「はっけよい! はっきょい!」
行事が掛け声を繰り返し、その声に押されるように、三段目力士が押し出そうと力を入れる。
「ふう! ふう!」
押しに押し。三段目力士の腹の肉に、天手力男神が埋もれる形が浮かぶ。
しかしどれだけ押しても、天手力男神の足が土俵の外に出ない。
少しでも出たらわかるよう、行事は目をかっぴらいて土俵際を見ているが、土俵の外にある砂に足跡は現れない。
「はっけよい! はーっけよい!」
行事の掛け声が繰り返される中、三段目力士の行動に変化が現れる。
恐らく、さんざんに押しても外に出せないと知って、他の方法を試そうという気になったのだ。
三段目力士は押す動きを止めると、天手力男神に覆いかぶさるように上半身を前に傾ける。
三百キログラムに迫っているであろう体重での、のしかかりだ。
天手力男神の背が海老反りになり、絶体絶命の状況に見える。
しかしここで、手水舎の解説が入った。
「浴びせ倒しを選ぶだなんて、三段目力士にしては相撲のセンスが無さすぎで、呆れました」
「えっ。神様は、大分苦戦しているように見えるけど?」
「体重差のある取り組みでは、最初の勢いで土俵際まで押し込まれることはよくあること。そして土俵際の逆転も、相撲ではよく起こる出来事にしかすぎないのです。それに――」
手水舎は言葉を区切ると、そのほっそりとした指先で境内にある社殿を指した。
「――天手力男神が何の神か、お忘れかしら。天岩戸を投げ飛ばした豪の神なのでしょう。そして天岩戸とは、あんな人間如きの体重を超えられないほど、軽い岩だったのかしら?」
そう言われてみればと満景が理解すると、土俵の上で変化があった。
あの三段目力士の足が、完全に土俵の上から浮いていた。
天手力男神が回しを掴んで持ち上げ、大きく吊り上げたのだ。
三段目力士は土俵の上に戻ろうと足をばたつかせているが、天手力男神は吊り上げたまま保持し続ける。
その力強い吊り上げ方に、観客から歓声が上がる。
「「「おおおお~~!」」」
その歓声で観客全員に力強さが伝わったと分かったからか、天手力男神は後ろへ投げ放つようにして三段目力士を土俵の外へ。
「決まり手としては、うっちゃりなのでしょうけど。あれほど明確に勝ちとわかる、うっちゃりの投げ方は珍しいものです」
手水舎が感心した声を出していると、負けた五人とは入れ替わりに、新たな五人の挑戦者が案内されながら土俵へと向かう。
移動する五人を含めて、残り十人しか挑戦者はいない。
そして移動する四人の髷を結った力士の間に挟まれる形で、満景たちの友人である力雄も土俵へと歩みを進める姿があった。




