82話
天手力男神に挑む者たちは、いよいよ本職の相撲取りが交じり始めたようだった。
なぜそう分かるかは、挑戦者たちの体格は元より、その頭に丁髷があるからだ。
その相撲取りたちを見て、手水舎が口を開く。
「どうやら、この神社の者は相撲の階級に明るいようです」
「そうなの?」
満景が疑問を返すと、手水舎は土俵横に案内された相撲取りたちを指す。
「あそこに並んでいる者たちは、一人目が序の口の力士で、五人目が三段目。その間に相撲取りでない者もいはしますが、その者たちも素人相撲では有名な者でしょうから」
その確信を含んだ言葉に、満景は素直に関心した。
「よく知っているね。相撲取りだけならまだしも、素人相撲の人たちまで」
「上流階級者の嗜みですので」
「前にもその台詞は聞いたけどさ、上流階級って相撲好きが多いの?」
「タニマチ――相撲部屋の後援者の多くは、上流階級者。その後援者と繋がりがある者や繋がろうとしている者は、話題作りのために相撲の事を知る必要があるのです」
「手水舎さんの場合は?」
「……祖父母が相撲観戦が好きだったので、自然と覚えてしまったのです」
この話題は終わりだと、手水舎は身振りした。
「さあ、序の口の力士が、神に挑むのです。しっかりと観戦せねば損となります」
促されて、満景は土俵に目を向けなおした。
すると、いままさに行事の軍配が翻る瞬間だった。
「はっけよい!」
行事の言葉の直後、序の口力士と天手力男神が互いに向けて突進し合った。
両者がぶつかり、お互いの体が進行方向とは反対側へと跳ね上がる。
両者の力は互角――かと思いきや、天手力男神の上体の跳ね上がり方が少ない。
「相手を怪我させないように衝突の衝撃を受け止めて緩和しつつ、自身は素早く状態を復帰させている。神とはいえ、感嘆に値しますわね」
手水舎の解説を横に聞いている間に、天手力男神が先に前へ動き直し始め、序の口力士の回しを掴んだ。
そのまま投げに――いく直前、序の口力士が片腕を自身と天手力男神の間に差し入れてから、天手力男神の回しを掴んだ。
「上手い。回しを掴まれた瞬間、互いの体がまだ離れている一瞬の間に腕を差し入れて、もろ差しを回避し。右四つの争いに移るなんて」
手水舎の解説口調に熱が帯びるが、土俵中央にいる両者に明確な動きは起こっていないように、満景には見えた。
しかし、その見解が間違いであることを、満景は自分で理解する。
なぜなら、序の口力士の身体から急に汗が湧き出て、ぽたぽたと土俵に落ち始めたからだ。
「単純に組み合っているわけじゃないのかな?」
「良く見えていると、褒めて差し上げます。双方とも、組み合った状態で押し引きしているのです。見た目地味な攻防ですが、少しでも体勢が崩れれば、あとは一気です」
手水舎が語った直後、序の口力士の上体が少しだけ傾いだ。
序の口力士は素早く立て直そうとするが、立て直す前に天手力男神が投げを打った。
すると序の口力士は踏ん張り、どうにか土俵際で投げを耐えることができた。
しかしそれ以上の抵抗はできず、その後は少し粘ったものの、押し出しでの決着となってしまった。
なかなかの好勝負だったが、満景は綺麗な体で土俵を下りた序の口力士を見て、首を傾げる。
「身体に土俵の土がついたら敢闘賞なんでしょ。ならどうして、あの力士は投げられそうになったとき、自分から転ばなかったんだろう?」
満景が腑に落ちない気分でいると、手水舎から呆れ声を返された。
「本職の力士であればこそ、身体の一部に土が触れるまで、土俵の外に出るまで最後まで、勝ちを諦めはいたしません。敢闘賞欲しさに自分から土俵の上を転がるような真似をしたのなら、廃業した方がよろしい」
意外と相撲に対して強火な様子の手水舎に、満景は恐れつつ頷くしか対処できなかった。




