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78話

 満景を含めた五人が土俵の西側に案内された。そして五人は、神職の人からお神酒を口吹きでぶっかけられるという、荒っぽい清めを受けた。

 この段階になって、満景は土俵の上にいる神の姿が見えるようになった。

 といっても、神の姿は人の形をした霧のようで、辛うじて腰回りにまわしがあるようなシルエットをしているようにしか見えなかった。


(酒を吹きかけるのは、神様の姿を見るための呪法だったってことなのかな)


 そう考えると、儀式に参加している人たち――霊能力がなさそうな人でも神様と相撲が取れていた理由に納得がいく。

 満景がそう納得していると、土俵の上にいる行事に手招きされた。

 ここで満景は、この五人組でのトップバッターだったことを思い出した。

 呼ばれるままに、満景は法被を脱ぎ捨てて、土俵に上がった。そして、これまでの参加者の振る舞いを思い返しながら、その通りの行動をとっていく。

 行事と対戦相手に一礼ずつしてから、土俵の隅に置かれた籠から塩を軽く一掴みし、その塩を土俵にまく。

 この後は、土俵中央の開始線につき、行事の掛け声で取り組みが開始となる。

 満景は土俵中央に進みつつ、左目に猫目の印――霊的存在を視認するための呪法を行った。

 猫目の印を施したところ、人形の霧のようにしか見えなかった神の姿が、くっきりと露わになった。


(この人――いや、この神様が天手力男神様なのか)


 満景が視認した天手力男神は、身長が満景と同程度――百七十センチメートル前後と高身長とは言えない背丈ながら、肩幅が広い上に腰回りもガッチリとした、筋骨隆々の男の姿をしていた。

 太腿と腕周りは女性の胴体を移植したのかと思えるほどの太さを誇り、胸板は極めて厚くてマットのようで、腹も鍛え過ぎた筋肉の盛り上がりで逆に太鼓腹になっている。首すらも頭の横幅を超えるほど太く鍛え上げられている。対面している満景には見えないものの、背筋の盛り上がり方は無二の仕上がり方をしていた。

 力士のように太ってはいないのに、腰に絞めたまわしが非常によく似合っている印象がある。

 顔に視線を向ければ、髪をオールバックにして後ろに一括りにし、堀の深い顔つきには楽しくて仕方がないという笑顔があった。


(こんな筋肉がすごい人だと、僕じゃ真正面から戦ったら勝てないよ)


 満景は、霊能力を使わずに挑むと決心してはいたものの、策を講じるのはやむなしだと判断した。

 土俵中央の開始線に、満景と天手力男神が手を付けて、取り組みの準備を整える。


「はっけよい!」


 行事の掛け声とともに、満景は前に出た。

 一方で天手力男神は、満景の実力が明らかに下だと判断したのだろう、両手を広げて受け止める形をとった。

 満景は、これまでの取り組みの傾向から、天手力男神が最初は受け止めるだろうと読んでいた。


(だから、こうする!)


 満景は天手力男神の胸元にぶつかる、という寸前で進む方向を変化させて斜め前――天手力男神の横合いに回り込んだ。

 人は横や後ろから押されると、踏ん張りがきかなくなるもの。

 人の形をしている神であれば、同じ理屈が通用すると考えての戦法だった。

 まんまと横合いへと移動できたところで、満景は力いっぱいに天手力男神を押した。


「ぐっ! うごか、ない!」


 歯ぎしりしながら渾身の力を発揮するが、まるで地面深くに刺さった杭を押しているかのように、まったく天手力男神は揺るがない。

 満景は押しながら天手力男神の顔を伺うと、満景の手を替えた戦い方を褒めるような笑顔があった。


「くっ、のお!」


 押してダメならと、天手力男神の回しを掴んで引っ張ってみた。

 しかし、小揺るぎもさせられない。

 押して、引いて、振り回そうとしてみる。

 そのどれもが、天手力男神に通用しない。

 色々と攻撃を試している間に、何時の間にか天手力男神の片手が満景の回しの後ろを掴んでいた。

 投げられるのを阻止しようと、満景は座り込む直前まで腰を低くしようと膝を曲げようとした。

 すると不思議なことに、満景の足の裏が土俵から離れて空中に浮かんでしまった。

 天手力男神が片手一本で満景を吊り上げたのだ。吊り上げられた状態で膝を曲げたことで、満景の足が宙に浮かんだ形になってしまったわけだった。

 満景は慌てて足を伸ばして土俵を踏み直そうとするが、天手力男神がさらに吊り上げている手をあげることで阻止されてしまう。

 それでもと満景は諦め悪く足をバタバタさせて抵抗していると、急に視界が回転し、背中に衝撃が走った。

 痛みから遅れて、自分が土俵の上に寝ころんでいることに、満景は気付く。そして行事が天手力男神の勝利を告げる声を聴いて、投げられて負けたのだと理解した。

 満景は土俵の上から起き上がると、一礼してから土俵を下りた。

 満景の取り組みで汗が浮いた肌には、投げられて土俵に転がった際に大きな土汚れがついている。


(作戦を立てたって、地力が違い過ぎたら意味がなかったか)


 満景が残念がっていると、同じ五人組に入れられた参加者の一人が声をかけてきた。


「良かったですね。神様に頑張りが認められた証拠をもらえて」


 唐突に言われて、満景は意味を図りかねた。

 その満景の困惑が通じたのか、声をかけてくれた人――満景より少し年下そうな青年が言葉の意図を教えてくれた。


「この神社の神様は、倒し方で対戦相手を評価してくれるんです。土俵の外に優しく押し出したら、もっと一杯に頑張りましょう。優しく投げられたのなら、十分に頑張りましたって感じでね」

「つまり、こう土汚れがついた状態は、神様から一定の頑張りを認められた証ってことなんですね」

「そうです。この祭りに参加する人は、まずはその土汚れをついた状態で負けることを目指すんですよ。いやー、羨ましいなー」


 その青年に教えてくれてありがとうと頭を下げてから、満景は脱ぎ捨てていた法被を羽織ったのだった。

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― 新着の感想 ―
おー、声がかかるとかじゃなく倒し方で評価が分かるんだなあ 力量差は明らかでもしっかり考えて勝ちを狙いに行ったのが良かったんですかね?
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