77話
伊角神社の締めくくりの儀式が始まった。
神社の境内にある土俵の四隅に、薪を使った篝火が焚かれている。土俵の回りには、その他に人工的な光は一切ない。
パチパチと篝火が爆ぜる音に、祭り囃子が加わる。
和楽器特有の音と旋律が流れ、厳かな雰囲気が湧きあがる。
境内に集まった観客の視線の先に、儀式に参加する者たちが現れる。
一様に相撲まわしに法被姿の者たちが五人――列に並んだ先頭から五人ずつを、神職が力雄の実家から連れ出して土俵に案内する形だ。
その五人の挑戦者は、土俵の西側に一列に並ぶ。
行事が土俵の上に上がると、神職が手に持っていた酒瓶を口付ける。そして酒を口に含むと、ぷふーっと音を出しながら、参加者の身体へと吹きかけた。
「荒っぽい清め方だけど、参加人数が多いからかな」
満景が小声でつぶやいた直後、行事の手招きによって、最初の参加者が土俵に上がった。
その参加者は、小学校中学年程度の見た目の少年。
少年が土俵に塩をまき、そして中央の線の前に立つ。
この段階でも、満景の素の目では、少年の対面に神がいるようには見えない。土俵まで距離が離れているため、霊能をいち早く察知できる嗅覚も役には立たない。
満景が観察を続けていると、行事の「はっけよい」の言葉と共に、取り組みが始まった。
そこからの光景は、一見すると異様だった。
引かれた線から飛び出た少年が、真っ直ぐ前に突っ込んだ。
真に何もないのなら、そのまま少年は土俵の外へと進んで落ちただろう。
しかし、何もないはずの空間に押し留められるようにして、少年の突進は土俵中央で止まった。
少年は、なにかに止められても進もうと足を動かすが、そのなにかを動かすには体重と脚力が足りていないのだろう、足の裏が土俵の上を滑るだけに終わっている。
少年は前に進むのをあきらめたのだろう、今度はなにかを投げ飛ばそうそする動きをする。
しかし、そのなにかは小揺るぎもしないのだろう。少年が身体を傾けるだけで、それ以上の変化はない。
その少年が攻め疲れから息切れを起こした段階で、様子に変化が現れた。
真正面から押されているかのように、少年の立ち位置が後ろへ後ろへと移動し始めたのだ。
少年は咄嗟に横に逃げようとするも、なにかに身体を掴まれているかのように移動できない様子だ。
そのまま少年は、なにかに優しく押しやられるようにして、土俵の外へ。
行事の軍配を東に向け、見えない存在――天手力男神の勝利を示した。
少年のあとの四人も同じで、立ち合いを押し留められ、攻め続けて疲れたところを押され、そのまま押し出しで負けた。
そうして五人全員が敗北したところで、新たな五人が力雄の家から土俵へと案内された。
区切りの順番で、満景の直前の人までが土俵へと向かう。
つまり、あの五人の取り組みが終わったのなら、次は満景を含む五人の順番だ。
第二組の一人目二人目が負け、三人目。
合計八人の取り組みを見ても、満景には天手力男神に勝つ算段をつけることができなかった。
満景は、他の人はどう思っているのだろうと、土俵から視線を外して広間にいる参加者の顔を伺った。
そこで分かったが、どうやら大半の参加者は、天手力男神に勝とうとは思っておらず、天手力男神と相撲を取ることや儀式に参加すること自体を目的にしている様子だった。
つまるところ、敗北を前提に儀式に参加しているということ。
(……勝てないとは、僕も分かっている。それでも勝ちを目指さないのは違うんじゃないかな?)
満景の頭の中では、師匠連中から教わった霊能力を使ったズルい方法が思い浮かんでは、勝てそうにないからと却下される。
そして天手力男神に勝てそうな方法として、二つの候補が残った。
一つは、天手力男神と同じ日本の神の力を身体におろす方法。
もう一つは、悪魔を呼び出して体に憑依させる方法。
どちらの方法も、天手力男神を相手に一矢報いるぐらいは出来そうだという予感があった。
しかし、一矢報いることぐらいしかできない――つまり勝つことは出来ないという判断を下すしかなかった。
(僕の霊能力じゃ、階位の高い神や悪魔を呼んだりなんてできないしね)
神や悪魔の力を借りても無理だと悟ったこともあり、この自分の肉体で食らいつくしかないと腹を決めた。
その決断をしたところで、前の組の五人目が敗北した。
いよいよ、満景が天手力男神を相手に相撲をとる出番がやってきた。




