70話
一度、力雄が神輿から戻ってきて、祭りを楽しんでくれと言い残すと、担ぎ手の一人として神輿と共に神社を去っていった。
鳥居近くの柱に祭りについてのチラシが貼られていて、そのチラシによると神輿は一キロメートル圏内をぐるりと一周して戻ってくるらしい。その一周の間々に、休憩所やパフォーマンスをやる場所もあるようで、神輿が神社に戻ってくるのは夕方になるらしい。
「昼前から夕方までか。担ぎ手は都度変えるだろうけど、体力勝負だなあ」
満景が感心していると、やおら手水舎が近寄ってきた。
手水舎は満景の着流しを上から下まで観察すると、両手の指先で着流しの調整を行い始めた。
「えっ、急になに!?」
「動かない。ちゃんと見れる形にしてあげます」
ピシャリと言われて、満景は身体を強張らせて動きを止める。
三分ほどかけて、手水舎の調整が終わった。
「どうです。着心地が良くなったことでしょ」
「確かに。言葉で言い表すのが難しいけど、動きやすくなった感じがあるね」
満景が身体を捻って着心地を確かめようとすると、その胸元を手水舎に手で叩かれた。
「大きく動くと着崩れします。和服を着ている間は、楚々と動きなさい」
「はい。指導、ありがとうございます」
満景が素直な気持ちで礼を言うと、手水舎はそれでいいと頷きを返してきた。
そんな二人に、小里が接近してきた。
「着流しと浴衣が立って並んでいると、絵になるねー」
小里がスマホで写真を撮り、その写真を映した画面を見せてきた。
満景のも手水舎のもシックな色合いの和服だからか、示し合わせて用意したように似合った見た目になっていた。
手水舎は、その写真を目にすると、なぜか一歩満景に近寄ってきた。
満景がその意図を訝しんでいると、手水舎が他意がないような口調で言ってくる。
「これから、この全員で出店を見て回るのでしょう。でしたら、わたくしの今日のエスコート役は犬塚君にしてもらおうと思っただけです」
「それって、見た目を合わせるって話で?」
「当たり前です。わたくしの格好で、そこの流山君の隣を歩いたら、不似合いもはなはだしいことになりますでしょ」
バッチリと決まった浴衣の女子と、Tシャツジーパン姿の男子が並んだ絵を想像する。
加えて、手水舎は見るからに良い所のお嬢様で、ギヤマンは明らかに不良だ。生きる場所が違っている感じもある。
そんなギヤマンと比べたら、ソコノ住職由来の着流しを身に着けた満景なら、まだ整合性が取れる。
満景がそう結論付けようとすると、小里から別の意見が飛び出てきた。
「お嬢様と不良の取り合わせは、恋愛系創作物ではよくあるけどねー。それに祭りは楽しんだもの勝ち。見た目がどうこうなんて、ナンセンスっしょ」
「価値観の相違というものですね。流山君のエスコートは貴女にお譲りします」
「だってさー。どうする、ギヤマン?」
「ああ? 誰が横に立つかなんてどうでもいいだろ。さっさと出店に突撃すんぞ」
ギヤマンはイライラした口調を放っているが、満景は不機嫌なわけではないと見抜いていた。
祭りの出店という遊び場がすぐ目の前にあるのに行けない状況に不満に思っていると、ギヤマンの目が常に出店へと向けられている姿から分かるからだ。
待ちきれない様子のギヤマンに、それ以外の面々は苦笑いを零す。
「それじゃあ、祭りを楽しむとしよう」
「もうすぐ昼だしー、買い食いしよーよー」
「ここに来るまでに、上手そうな出店に見当をつけといた。そこで買うぞ、コラ」
「皆さん、子供ですこと。若槻さん、守護神の方は大丈夫かしら?」
「どうやら力雄くんの神社の神様とは相性が良いみたいで、祭りを楽しむ気になっているみたいです。証拠に、貢物を買えと、ここに来るまでに要望されましたから」
手水舎は、若槻の手にあるビニール袋――守護神の貢物として買った縁日料理が入っている――をするりと奪い取ると、その手つきで満景に強制的に握らせた。
その後で、手水舎は悪びれもなく言い放つ。
「こういう場で荷物持ちをするのは、男性の特権でしょう?」
満景は、手水舎と若槻の浴衣姿を改めて確認して、それもそうだなと納得して荷物持ちを引き受けた。
そして一同は、ギヤマンが目をつけていた飲食物の出店へと進んでいくことにした。




