69話
満景が小走りで鳥居に近づくと、手を振って呼んでいたのは小里だった。
小里は、茶色のカーゴパンツ、丈が短いへそ出しのシャツに薄手のジャケットと、普段の私服と変わらない格好だった。
その変化のない格好に、満景は驚いていた。
満景の印象では、小里は楽しいもの好きそうなので、祭りとなれば浴衣を着て全力で楽しむと思っていたからだ。
一方で、小里の方も満景への印象違いを抱いていたようだ。
「へぇー、着流しを着てくるなんて、満景ってば楽しむ気まんまんじゃんかー」
「……そりゃあ楽しむ気でいるけど、小里さんは普段通りっぽいね」
「いや、私だって浴衣を着ようと思ってたんだけどさー。昨日出してみたら、これがまー子供っぽい柄もんしかなかったんよ。今の私の趣味に合わないから、仕方がなく私服ってわけよ」
なるほどと理由に納得してから、満景は他に鳥居に来ていた面々に目を向ける。
一人は力雄。ここは彼の実家なので、既に居ることに不思議はない。しかし、その恰好について、満景は驚いていた。
「おはよう、力雄。それにしても、ふんどしに法被姿なんだね」
「これが正装だ。神輿を担ぐ時間がすぐだ」
力雄の言い分に納得した後で、満景は力雄が締めているふんどしに目を向ける。
普通、祭りで締めるふんどしといえば、薄手の長い布を締めこむもの。
しかし力雄のふんどしは、初めての校外実習で披露したような、相撲取りが腰に巻く生地が分厚いタイプのふんどしだった。
満景が視線を動かして、神社の境内に置かれている神輿に目を向けると、そこには力雄と同じ格好をした老若の男性たちがいた。その男性たちも、力雄と同じく体格の良い人ばかり。
どうやら本当に、相撲ふんどしに法被の姿が、伊角神社における祭りの正装らしい。
満景は力雄に視線を戻すと、力雄の顔が強張っているのに気付いた。
「もしかして、緊張している?」
「……している」
「自分の実家のお祭りなのに?」
「……知らない人が大勢いる場とな」
どうやら本当に、力雄は人見知りが発動して困っているようだ。
しかし満景には不安を解消する手段は思い浮かばなかったので、頑張ってと応援することしかできなかった。
そして、あらかじめ鳥居の前にいた最後の一人は、ギヤマン。
満景は知らなかったが、どうやらメンバーの誰かがギヤマンに話を通して、祭りの参加を取り付けていたらしい。
そんなギヤマンの格好は、ごく普通の赤シャツにジーパンの姿。アクセサリーを身体につけていない、とてもシンプルな見た目だった。
「ギヤマンなら、力雄みたいな格好をしていると思ったけど」
満景が素直な疑問を口にすると、ギヤマンに睨まれてしまった。
「わかってねえな。他所モンが祭りの格好をすると、土地のモンに睨まれんだよ。そんな道理を弁えねえ真似すっかよ」
「つまり氏子と喧嘩を避けるために、普通の格好をしているってこと?」
「喧嘩どうこうの話じゃねえよ、バカが。祭りってのは、その土地のモンにとってのハレの日だ。他所モンが祭りに混じる際には、土地のモンに配慮してるって服装と態度で示すことが義理を通すことになるんだろうが」
その祭りに対する見解は初めてだと、満景は感心した。
しかしギヤマンの配慮は、いささか過剰反応のように、満景には感じられた。
地元の人としての意見がききたくなり、満景は力雄に顔を向けた。
「ギヤマンのいう通りだったりする?」
「特定の行事に他所様が乱入することは望ましくない。血の気の多い氏子もいないわけでもない」
どうやらギヤマンの態度の方が正しいらしい。
そんな会話を続けていると、若槻と手水舎が鳥居にやってきたことに、満景は気付いた。
二人の格好は同じ浴衣姿だったが、見た目の印象は大分違っていた。
若槻は、女子高生らしく量販店で揃えたと分かる、化学繊維多めのライトな色合いの生地とワンタッチ帯をつけた姿。手には大き目な巾着と、出店で買い込んだと思わしき中身が入ったビニール袋がある。
手水舎は、旧家の令嬢だと周囲に示すように、シックな色合いの生地の浴衣に高級糸で編まれた帯をつけた姿。手の巾着も、荷物など他の者に持たせればいいと考えていそうなほど、香り袋かと思うほど小さい。
若槻は見た目の美人さで、手水舎は浴衣の高そうな見た目から、周囲の視線を集めていた。
その二人が近づいてきたことで、自ずと満景たちにも人の目がやってくる。
「あー、神輿の時間だ。離れる」
その言葉と共に力雄が離れていき、そして小里が若槻たちに跳ねるような足取りで近づいていった。
「うひょー! 二人とも、すっげー良い感じ! 写真とっちゃお!」
「え、ちょっと。恥ずかしいってば」
「どうせ撮るのならば、わたくしの美しさを最大限に写せるように撮りなさい」
若槻は両手で顔を隠して恥ずかしがり、手水舎は威風堂々とレンズの前に立つ。
これで待ち合わせた全員が――力雄は祭りの手伝いで離れたとはいえ――鳥居の前にやってきたことになる。
あとは全員で祭りを楽しめばいいと、満景は楽観的に考えていた。




