63話
ギヤマンのやられっぷりを見て、小里と力雄はすっかり自己解決をする気がない表情になってしまっている。
話し合いを諦めていなかった満景と手水舎は、ここで互いに顔を見合わせる。
「二人だけじゃ、話し合っても良い案はでないよね」
「仕方がないでしょう。わたくしたちでは解決できないというう、先生の思惑に乗るしかありませんね」
満景と手水舎も、龍をマンションの外に追い出す方法を考えるのをギブアップした。
こうして生徒全員が解決できないと結論を出したところで、鬼瓦先生の講義が始まった。
「今回の実習は、龍が寝ている状況で、解決を話し合う時間があった。しかし、時には強大な敵を前にして、話し合いの時間を持てない場合もある。その場合は即座に撤退して、自分たちより実力が上な霊能者に助けを求めなければならない。助けを求めるときには、掴めた敵の情報を全て渡すことも忘れずにな」
ここで手水舎が挙手して質問する。
「助けを求めた場合に、わたくしたちの霊能者としての評価はどう下されることになるのでしょう」
「悪いことにはならないぞ。自分の実力を良く把握していて、素直に助けを求められる性根があるんだからな。まだ実力が足りなかったなと、次の期待をされるぐらいで終わるだろうさ」
「結局は依頼に失敗しているというのに、随分と甘い裁定のように感じますけれど?」
「多少の失敗に厳しい罰則を与えれば、罰を逃れようと隠匿する輩が出るようになるからな。それの防止のためにも、実力不足による依頼失敗は仕方がないと受け入れる土壌を作ってあるんだ」
「実力不足は恥ではないと?」
「実力不足を実感し、それをバネに実力を伸ばす気があるのなら、恥だと思う必要はない。今日勝てない相手でも、将来に勝てるようになるのなら、失敗も敬虔の一つでしかないからな」
鬼瓦先生は、そう案件に対する姿勢を語った後で、龍を追い出す方法について話し始める。
「さて、龍を追い出す方法は、幾つか存在する。お前らが話していた中にあった、龍の居心地悪くする方法が最も丸いやり方だな」
「じゃあ、丸くない、尖った方法の例を教えてほしいなー」
小里の質問に、鬼瓦先生は視線を上向かせて物事を思い出す素振りをする。
「方法で言うのなら、流山のように戦うのもアリだ。龍を力づくで追い出す力量があるか、龍を傷つけられるだけの武器を用意できるのならな。大酒を飲ませて眠っている間に人海戦術で押し退ける。霊力の篭った食事で龍に元気を付けさせて、飛び立てるようにする。しかし龍には個体によって好き嫌いがあるため、用意した酒も料理も好みに合わずに無駄になったりもするが」
「そんで、先生が使うのは、どの方法?」
「さっき一番丸いと語ったからには、龍の居心地を悪くする方法に決まっているだろ」
鬼瓦先生は呆れたように言うと、講義の続きを語っていく。
「そも、あの龍が、どうして高層マンションの部屋の中にいるのか。その理由を教えよう」
「僕たちが出した結論は、龍の赤ちゃんだから疲れて休んでいるんじゃないか、というものでした」
満景の発言に、鬼瓦先生は首を横に振る。
「龍は赤ん坊であろうと、空を泳ぎ続ける生き物で、空を泳ぐだけで疲れたりはしない」
「じゃあ、別の理由で休んでいるんですか?」
満景は龍に目を向けるが、怪我や病気になっている様子は見受けられない。他の生徒たちも、龍が休んでいる理由に思い当たらず、疑問顔を見せる。
そして鬼瓦先生は、生徒たちが思いつかなかった理由を口にする。
「あの龍は、怠け者だから休んでいるんだ」
語られた理由を耳にしても、満景たちはすぐに反応することができなかった。
「えっと、怠け者なのですか?」
手水舎が、信じられない理由を聞いたと言いたげな口ぶりで、問い返す。
鬼瓦先生は、理解を促すように、もう一度同じ言葉を口にする。
「あの龍は怠け者だから休んでいるんだ。空を泳ぐのに飽きたところで、高く聳え立っているマンションを見て、良い感じに休める場所あるじゃんと入り込んだんだ」
理由がしょうもないことに、満景は呆れ顔になる。
「本当に、それが理由なんですか?」
「龍って生き物は、空を泳ぎながら寝たり休憩できる生き物だとされている。そして、高い木や高い塔に身体を下ろしてくつろぐ龍は、その全てが泳ぐのに飽きを感じた怠け者であることが確認されている」
「昔話で川や山に住む龍が出てきますけど、それも怠け者の龍なんですか?」
「普通の龍は人にかかわらずに空を泳いでいるからな。昔話の龍は怠け者だったか、さもなければ土地や人間が好きだったかだな」
「土地や人間が好きな龍だと、下りてくるんですか?」
「好きにも色々あるからな。山川の作りが気に入ったり、村娘を見染めたり、山菜や川魚の味が気に入ったり、人の営みに興味を持ったりとかな」
満景の質問に答えた後で、鬼瓦先生は手振りで話を戻すことを示す。
「あの龍は、空を泳ぐのを怠けるために、高層マンションでとぐろを巻いているわけだ。さて、そんな怠け者の龍は、どうすればマンションから出るのか。新しい情報を得て、解決方法が思い浮かんだ奴はいるか?」
鬼瓦先生の問いかけに、満景は飼い猫だったアゼンを思い出す。
アゼンは猫らしく、一日の大半の時間を寝床で寝て過ごしていた。
そんなアゼンの様子は、満景にとって怠け者に映っていた。
しかし満景が手で寝こけるアゼンを寝床から動かそうとすると、アゼンは自分の眠りを妨げるなと爪で抗議してきた。
ならばとエサやオヤツなどで気を引いて退かそうとしても、アゼンは頑として睡眠を優先していた。
そんなアゼンの姿を思い出してしまうと、満景には怠け者の龍を動かす術がないように感じてしまった。




