57話
とぐろを巻く蛇のような存在がいることを確認した後、鬼瓦先生は生徒たちを手振りで制止させた。
「部屋の中に入らなければ、影響を受けなくて済む。全員、静かに観察しろ」
指示を受けて、順繰りに蛇のような存在を観察する。
「うひー。見るだけで、鳥肌が。体中の毛という毛が差かだってるー」
小里が自分の腕をさすりながら小声で感想を呟くと、触発された様子で手水舎も感想を口にする。
「建って間もない建物。それも、こんな高層階に神の類が居るだなんて。場違いにもほどがあるでしょうに」
力雄とギヤマンが、蛇のような存在を見て、共に眉を寄せて感想を呟く
「……むぅ。日本の神とは、少し違う感がある」
「チッ。神の類とやり合う事を考えるのなら、違う装備を持ってきたってのに」
最後に満景が、改めて蛇のような存在を観察する。
とぐろの輪の大きさと巻き数を見るに、全長は十メートルほど。全身にアメジストのような紫色の鱗が生えているものの、蛇とは生え方が違うようで、体表から分厚い鱗が一枚一枚生えている。その鱗の重なりが、その存在が呼吸するのに合わせて、小さくシャリシャリと鳴っている。
顔は蛇のような三角形の顔だが、体躯に合うように大きい。いや、蛇と違う点がある。それは頭頂部から伸びた、小鹿のような小さな角だ。
そうした全体的な姿を見て、さらにその全身から発せられる強い神気を合わせると、考えられる存在は一つしかなかった。
「東洋龍。善性の方の龍だね」
満景が予想した正体について、班員の面々も同意する頷きを返す。
そして鬼瓦先生も、予想に同意する。
「あの龍は、入居者がいなかった貸し部屋に住みついてしまったらしくてな。このタワマンの管理者が困って、連絡をしてきたんだ。どうにか追い出してはくれないかってな」
鬼瓦先生の説明に、手水舎が異を唱える。
「本気で言っているのですか。龍が住みついた家など、どれほど権力者が求めても手に入れられないものですよ。悪龍ならまだしも、善なる龍を不信神に追い出すことを求めるだなんて」
その手水舎の言葉を聞いて、満景はおずおずと挙手して質問する。
「不勉強で申し訳ないけど。どうして龍が家に住みつくのを良しとしているんだい? 部屋一つ占拠されてるんだから、実害は出ていると思うけど?」
「……はぁ~。分かっておりませんね。善なる龍という存在は、近くにいるだけで、周囲に幸運を振りまいてくださる益神なのです。龍が住む家を所持するということは、龍が離れるまで家の繁栄が約束されたも同然。逆に龍を追い出すということは、幸運も手放すということになるのです」
なるほどと満景や他の班員が納得する素振りをする中、鬼瓦先生だけが意見を別にしていた。
「手水舎が語った内容は、龍の一面でしかない。そして何事も、用法用量を守ってこそってのを忘れているな」
「……わたくしの説明のどこが問題だったのでしょう?」
手水舎が腹を立てた様子で窺うと、鬼瓦先生が更なる説明をしてくれた。
「善の龍が周囲に与えるのは、幸運ではなく龍気だ。いま俺たちが感じているビリビリとした感覚が、その龍気だ。そして龍気を浴びた者は、体調が良くなり、感覚が研ぎ澄まされ、軽い超人化を引き起こす。超人化を果たすと、人は人生で訪れたチャンスを簡単に掴めるようになる。これが、龍がいると幸運になるというメカニズムの正体だ」
龍気によって軽いチート状態になっているから、人生が楽勝になる。そして龍気を浴びて超人化している自覚がない場合だと、単純に運がいいと感じるまでに留まるということらしい。
(原因や正体がなんであれ、人生が楽勝に暮らせているのなら、理由はなんでもいいんじゃ?)
満景はそう思ってしまったが、鬼瓦先生に言わせてもらうと違うらしい。
「龍気なんて、龍に関する専門的な知識を持つ霊能者以外じゃ長く浴びちゃいけない、劇物のようなものだ。超人化も、強い薬で身体能力を無理やり上げているような状態だから、個々人の許容量を超えると、その途端に無理がでてくる」
鬼瓦先生は、何かを思い出すように視線を上向かせる。
「ある者は物事を予想する能力が強化され、先物取引やギャンブルで大金を得ることができた。それでも龍気を浴び続けた結果、ありとあらゆる未来の予想が勝手に頭に浮かぶようになり、現実に起こっていることなのか未来のビジョンなのかが分からなくなって廃人になった。ある者は五感が鋭敏になり、狩りで多くの獲物を得られるようになった。しかし超人化で全ての体神経に負担がかかり続けた結果、焼き切れて使い物にならなくなり、見えも聞きも感じもできない無限の暗闇の住民になった」
それ以外にもと、道行く人の全てが勝手に見えるようになった占い師や、人の動きを敏感に捉えすぎるようになったことで怯え暮らすようになった武将の話をしてくれた。
「要するに龍気は、少量を短時間なら益が大きいが、大量かつ長時間となると人の身を壊す害となるわけだな。そして、この龍の気による住民への影響は、益より害の方が大きくなりつつある。だからタワマンのオーナーが、龍を追い出してくれと言ってきたって話に繋がるわけだ」
事情を知った後で、満景は単純な疑問を鬼瓦先生に投げかけた。
「話はわかりましたけど、龍を追い出すことなんて出来るんですか?」
逸話に語られるだけでも、龍の扱いは慎重にするべきだと分かる。
日本にある逸話で龍を怒らせると、川が氾濫したり、山が崩落したりと、災害に結びつく結果が多い
満景が、もしマンションの部屋でとぐろを巻いている龍を怒らせでもしたら、このタワマンが崩落する可能性が高い。
少なくとも満景は、龍を怒らせずに住処から追い出す術を、師匠たちから教わっていないので知らなかった。




