53話
巨大な悪霊は、満景の切り札――悪魔召喚によって消滅した。
苦戦していた悪霊がいとも簡単に屠られた現実を、A組の生徒たちはすぐには受け入れることが難しいようだった。
そんな生徒の中で、素早く我に返ったのは、ギヤマンと手水舎だった。
「オイ! 呆けてんな! 悪霊はまだまだいるんだぞ!」
「その通りです、皆さん! 大物は消えたのですから、あとひと踏ん張りいたしましょう!」
二人の声に、生徒たちが慌てて構え、鳥居の向こうから中に入ろうとしてくる悪霊たちに相対し始める。
満景も電動自動銃で援護しようとするが、鬼瓦先生に止められた。どうやら話が聞きたいらしい。
「なあ、犬塚。お前、どこで悪魔召喚なんてものを教えてもらったんだ」
「僕の師匠の一人にですよ。最下級でも悪魔なら、並の悪霊なら一捻りだから、いざというときのための切り札として持っておけって」
「悪魔を召喚する危険を、分かっているのか?」
「もちろん分かってます。呼び出した悪魔によっては、追加報酬を要求される場合もあるって。それが召喚者の腕や足や目。もしかしたら魂かもしれないって」
「分かっているのなら、もっと慎重にだな」
「僕はさんざん、使いたくないって言いましたよね? その切り札を使えって言ったの、そして責任を取ると言ったのは、鬼瓦先生のはずですけど?」
事実を並べての言い合いでは分が悪いと理解したようで、鬼瓦先生は話題を変えてきた。
「悪魔召喚を教えた師匠ってのは、いったい誰だ」
「ソコノ住職が運営する占いの館に勤務する、悪魔に造形が深い占い師の人です。悪魔を憑依させたウィジャ盤で占うって触れ込みです」
鬼瓦先生はソコノ住職のことは知っているようで、理解の頷きをしている。
「だが本当にその占い師は、悪魔を憑けたウィジャ盤を使っているのか?」
「本当か嘘かは知りません。触れ込みが事実か、僕は確かめていませんから」
「ともあれだ、悪魔召喚なんて、学生のうちはもう使うなよ。大変に危険だ」
「鬼瓦先生が責任を取ってくれないのなら、僕も使う気はありませんよ」
鬼瓦先生は、満景の生意気な口ぶりに苛立った顔をすると、先ほどまで待機していた場所へと戻っていった。
彼と入れ替わりで、小里が満景に近寄ってきた。
「へへっ、満景さんってば、あんな切り札をお持ちだなんて」
両手をこすり合わせ、前かがみになりながら、愛想笑いをする小里。
その様子を見て、満景は引き気味の態度をとる。
「なに、その気持ち悪い態度と言葉使い?」
「気持ち悪いってなにさ。太鼓持ちらしい仕草だったじゃん、いまの!」
「意図は分かっていたけど、それを小里さんがやっているのが、なんか薄ら寒く感じてダメだったんだ」
「ヒドい~。なんだよー、ちょっとおだてようとしただけじゃんかよー」
小里は満景の肩に軽く体当たりをしてから、普段通りの態度に戻った。
「大物も倒したんだし、この実習も終わりかなー」
楽観視する小里に、満景は首を横に振る。
「まだまだ気が抜けないよ。前線を張っていたギヤマンと力雄は、あの大型悪霊のせいで疲労困憊で動きが悪くなっている。他のクラスメイトたちも、大型悪霊に全力を出し過ぎて、息切れを起こしている。このままだと、悪霊の物量に押し込まれちゃうんじゃないかな」
「えっ、それダメでしょ。どうすんの? また、悪魔呼んじゃう?」
「鬼瓦先生にダメって言われたばっかりでしょ。やるだけやってみて、物量に負けるようなら、先生に助けを求めるでしょ。ねえ、手水舎さん」
満景が話を向けると、手水舎は指揮する合間に返答してくれた。
「その場合は仕方ありません。ですが、そこに至るまでは、ギリギリまで戦い粘ります。貴方も、くっちゃべってないで、悪霊撃退に参加しなさい」
「というわけで僕たちも、ちょこちょこ戦っておこう」
「BB弾を撃って、もっている弾倉を全て使うまでってことね」
それからは、憑かれて精彩を欠く生徒たちと、数は多いものの大して強くない悪霊たちとの、泥沼の戦いとなった。
生徒たちは青色吐息で武器を振るったり術を放ったたりし、悪霊たちは物量で押し切ろうと倒される端から次々にやってくる。
生徒たちの側が事前に浄化の水晶という、悪霊に特攻な物品を授業で作って備えていたこともあり、どうにか悪霊に憑りつかれることだけは回避することができている。
しかし物量は遺憾ともしがたく、駆除が追い付かなくなり、どんどん神社の中が悪霊で占め始める。
最後方に位置している満景と小里の方にも、悪霊がやってくるようになった。
「わわっ。助けて、満景!」
「お守りパック渡したでしょ。それ使って!」
「そういえば! ええっと、食らえ、お札!」
小里が放った札は囮として機能し、多数の悪霊が札を人間と誤認し、憑りつこうと集まる。
その集まった悪霊を、満景が電動自動銃で一掃し、弾倉を新しいものと交換した。
「この弾倉で、僕の持っているBB弾はカンバンだよ」
「こっちの銃は、とっくに弾切れー」
満景と小里が継戦能力の喪失が間近だと発言すると、つられるように他の生徒たちからも限界だという声が上がる。
反対意見を出しているのは、最前線で戦い続けている、ギヤマンだけだ。
「弱音吐いている暇があったら、一匹でも多くの悪霊をブチのめしやがれ!」
威勢良い言葉を吐いてはいるものの、ギヤマンだって汗みずくの状態で限界が近いことは一目瞭然だ。
そうした生徒たちの状況を把握して、手水舎は決断したようだ。
「……鬼瓦先生。救援をお願いいたします」
生徒のリーダーからの、ギブアップ宣言。
それを受けて、鬼瓦先生が動いた。
「こちらの予想以上に、だいぶ頑張ったな。それじゃあ、これで実習は終了ってことにしよう」
鬼瓦先生が片腕を高く上げ、その腕をぐるぐると回す。
その直後、神社の中と鳥居の近くへと、飛び込んでくる何かの姿がいくつもあった。
それは、輝く人だったり、武器をもつ武将だったり、足が生えている瓢箪だったり、他にも様々な姿形の何かだった。
恐らく、この何かは、鬼瓦先生を初めとする教師たちの式神ないしは使役物なのだろう。
輝く人はその輝きによって悪霊が蒸発させ、武将は武器で数十の悪霊を両断し、瓢箪はその口を掃除機のようにして悪霊を吸い込んでいく。
他の何かたちも一つの動きで十以上の悪霊を祓っていき、あっという間に悪霊の数が減っていく。
物の五分も経たずに、あれほど生徒たちが苦戦していた悪霊は、一匹も居なくなってしまった。
「これが、大人の祓い師と子供の祓い師の差か」
生徒の誰かが口にした通り、生徒たちの祓い師としての実力はまだまだだと分かる、教師による実演だった。




