51話
手水舎に聞かれていたことを知って、満景は顔を顰めた。
「切り札はあるけど、正直言って使用は、お勧めしないよ。これは術者が窮地を脱するためのもので、ある種毒をもって毒を制すような術だ。あの巨大な悪霊を祓うことが出来ても、その術によって出来上がったモノが暴走する可能性があるんだよ」
切り札のふんわりとした説明をして思い留めるよう告げるが、手水舎は聞き入れない。
「全員がやるべきことをやっている今の状況で、貴方は全力を出さないと表明するのですか! その制服の襟に金バッチがあるのですから、クラスメイトの中でも実力者なのでしょう!?」
「いや、だから。僕の切り札に期待するのは危険だって言っているだろ。僕の切り札より、鬼瓦先生に助けを求める方が良いって、絶対」
満景は言い争いの中で、鬼瓦先生が想定する流れに持ち込もうとする。
しかし手水舎は、そう思い描いた通りには動いてくれない。
「教師に助けを求めるなど、成績が下がってしまうではありませんか!」
「……成績よりも命が大事だと思うけどね。それこそ、生徒の中に再起不能になった人を出した方が、成績が落ちると思う」
「貴方が今すぐに切り札を使えば、成績の下がりようがありません!」
手水舎の頑固な様子を見て、満景も頑なに要求を拒否することにした。
「成績ごときで、人の命を危険に晒す真似はできない。さっさと鬼瓦先生に助けを求めた方が良い」
「話の分からない人ですね」
「そっちこそ」
満景と手水舎が言い争っていると、離れた場所にいた鬼瓦先生が何故か近づいてきた。
「そこの二人。危険そうな場面だというのに、言い争いなんかして余裕だな」
鬼瓦先生が近くに寄ってきたことを幸いに、満景は救援を求めることにした。そして手水舎も、彼女が求めることを鬼瓦先生へ口にする。
「生徒だけじゃ、あの大きな悪霊は祓えません。だから先生、助けてください」
「先生! 犬塚君を説得してくださいませんこと。悪霊に対する切り札を持っているというのに、使おうとしないのです!」
二人から同時に訴えられて、鬼瓦先生はどちらを聞き入れるのか。
鬼瓦先生の表情が、なにやら面白がっているものなのを見て、満景は嫌な予感を抱いた。
「ほう、切り札があるのか。それは是非とも見てみたいな」
以外にも、採用されたのは手水舎の訴えだった。
(そりゃあ、手水舎さんがA組のリーダーとしてクラスメイトたちの戦闘の差配していたから、彼女の意見の方が僕よりも重たくなるのは分かるけどさ……)
満景は忸怩たる思いを胸に抱いて、自分の切り札の危険性を鬼瓦先生にも訴えることにした。
「この切り札は、僕がどう対処のしようのない悪霊に出くわした際、僕が制御できないほどの強力な存在を呼んで、どうにか自分の命だけは救うっていう術です。この術を教えてもらった師匠からも、軽々に使ってはいけないと言い含められているんです。だから使いたくないんです」
満景が言葉を尽くして必死に説明したが、しかし鬼瓦先生の表情に変化はなかった。
「危険な術であることはわかった。だが、この状況を、その切り札ならひっくり返す可能性があるんだろう。ならやってみればいい」
「だから、すごく危険な術なんですって」
「何を呼び出すか知らないが、いざとなったら先生が対処してやる。だから使ってみろ」
鬼瓦先生の言葉を受けて、満景は仕方がないと肩をすくめる。
「そこまで言うのなら使います。そして対処は先生に押し付けますからね。『約束』しましたからね」
最後の忠告を口にしてから、満景は使いたくなかった切り札を使うことにした。




