50話
ギヤマンも力雄も通用しない、巨大な悪霊。
そして事態は、生徒たちにとって悪い方向に推移していく。
巨大な悪霊が内にいることで、神社の結界が弱まっているのか、鳥居から入ってくる悪霊の数が目に見えて増えてきたのだ。
「チッ。でけえヤツだけでも面倒だってのに。他のヤツらまでわらわらと」
今以上の苦戦を覚悟してか、ギヤマンが舌打ちしている。
彼に助け出された力雄も、疲労困憊の身体に鞭打つ仕草で立ち上がる。
一方で、先ほどまで力雄を応援していた生徒たちはというと。力雄が力尽きて絶望――してはいなかった。それどころか、目に力を取り戻し、奮起し始めていた。
「クラスメイトが、あれだけ頑張ったんだ」
「こっちだって、頑張ってやれないことはないはずだ」
巨大な悪霊に対しての恐怖を感じながらも、生徒たちは再び戦闘態勢に入る。
指揮を担当している手水舎も、生徒たちが再起したのを知り、指示する声を張り上げる。
「前線のお二方は、雑魚悪霊を退治するのです。他の皆さんは、あの巨大な悪霊に攻撃を! 多少なりとも削り続ければ商機が見えてくるはずです!」
その指示にA組の生徒たち全員が従い、攻撃が再開される。
ギヤマンの警棒と力雄の張り手が、鳥居から入ってきたばかりの悪霊たちを次々と打倒して祓っていく。
その他の生徒たちは、巨大な悪霊へ集中攻撃。どんな攻撃を当てても効いている素振りはないものの、いつかは効くと信じて攻撃し続ける。
この手水舎の指示に従っての攻撃によってか、巨大な悪霊に新たな動きが起こった。
悪霊はゆっくりと前進しながら、四つある腕で鳥居から雪崩れ込んでくる悪霊を一つずつ捕まえる。そして確保した悪霊を顔面に近づけると、顔中にある口でそれらを噛み砕き始めたのだ。
ぼりぼり。ごりごり。
異音を立てながら、確保された悪霊は次々と、巨大な悪霊の口から体内へ。
食われた悪霊は、元が死んでいることもあって食われてすぐ動かなくなるわけではないようで、巨大な悪霊の体外に出ている消化器官を内から押し上げるように形が表出している。
満景の隣にいる小里は、人のパーツごとの形に内から盛り上がる消化器官というグロテスクな光景を遠くの位置から見て、心底気持ち悪いという顔になっている
「なんだよ、もうー。この学校に居続けると、あんなキショいのとずっと戦わないといけないってーの?」
「あの手の、他の悪霊を捕食するタイプは珍しいと思うよ。でもまあ、あれと似た感じの、多数の悪霊が融合しているものは珍しくないから、これから戦うことになるかもしれないけど」
「うげー。想像するだけで、気持ち悪くなるってば。やっぱ私って、荒事には向いてないねぃ」
小里は、自己評価を呟いてから、少し真剣な表情になる。
「そんでさ。満景は余裕そうな顔をしてっけど、あのデカい悪霊に勝つ方法知ってたりする?」
そうであってくれと願いが含まれた声色に、満景は残念ながらと首を横に振る。
「ギヤマンの警棒や力雄の相撲が効かない悪霊に、効果がある手札を僕は持ち合わせていないよ」
「その割には、落ち着きはらってっけどー?」
「悪霊相手に、いたずらに心を乱しちゃいいけないんだ。さっきクラスメイトたちが、あの悪霊の見た目に参って戦意喪失していたでしょ。あれが一番やっちゃいけないことなんだよ」
「そうなん?」
「心をしっかり持っておけば、大抵の霊障は撥ね退けられる。地縛霊とかがラップ音とかで、肝試しに来た人を驚かせるのは、心理的な防壁を突き崩して霊障を与えやすくするためだからね」
「つまるところ、どんな姿形の悪霊を見たとしても、そんな相手は怖くないぞってカラ元気出す方がいいってこと?」
「いや、怖いときは怖いと認めることが大事。怖いと認めた上で、恐怖でパニックにならないよう自制することが寛容なんだ」
「それって、むずくない?」
「案外、怖い怖いと言葉を口にしながら行動すると、逆に恐怖が薄まるものだよ。今度機会があったら、試しにやってみるといいよ」
雑談めいた会話の後で、満景は巨大な悪霊についての話題に戻ることにした。
「多分だけど、あの巨大な悪霊は、先生たちがわざと神社まで連れてきたんじゃないかなって」
「えっ。あんな危険な悪霊を、どうして?」
「生徒たちに、悪霊退治は危険な仕事だって教えるため。そして勝てない悪霊と対峙したらどうするべきかを、実地で教えるためじゃないかな」
満景の予想を聞いて、小里は首を傾げる。
「でもさ、さっき鬼瓦先生に助けを求めにいったら、元の場所に戻れって言われたじゃんか?」
「あのときは、まだ巨大な悪霊が神社に入ってくる前だったじゃないか。今なら、先生に助けを求めたら、すぐにあの巨大な悪霊を祓ってくれると思うよ」
「えっ、なら、急いで助けを求めにいかないと」
「うーん。僕たちが言いに行くのは、ダメっぽいんだよね」
満景が視線で小里に、鬼瓦先生の方を見ろと指示する。
小里が、その指示通りに顔を向けると、鬼瓦先生が小さい身振りで指示だしをしている手水舎を示した。
小里も情報屋を生業としている家の子だけあって、察しが悪い方ではない。鬼瓦先生の仕草が何を意味しているのかをすぐに察することができたようだ。
「芍香ちゃんがリーダー役を担ってっから、教師に助けを求める役目も彼女のもんってわけね」
「もしくは、手水舎さんの指示によって、生徒たちに意外な爆発力が起こるのを期待しているのかもしれないね」
「爆発力って?」
「生徒の中から、必殺技や秘伝の術を使って、悪霊を退治する人がでてくるのを待っているんじゃないかってこと」
「そりゃあ、命の危険があるとなったら、秘伝であろうと使うだろうけどさー」
小里は、鬼瓦先生の維持の悪さを非難するような口調の後で、何かに気づいた顔になる。
「そういえばさ、満景は狗神の家の子なんでしょ。ああいう悪霊を僕にする秘伝の術とかないの?」
「それが、うちは狗神に特化し過ぎたせいで、それ以外の呪術は失伝しているんだよね」
「それ、大丈夫なん?」
「狗神って、けっこう幅広く役立つ術なんだよね。標的を呪ったり、偵察することもできるし、逆にかけられた呪いや霊障を食べることだってできるから」
秘伝の呪術なんてないと表明してから、満景は「でも」と続ける。
「師匠たちから教わったものの中には、どうしようもない相手に当たった際に生き延びるための切り札があったりはするんだけど」
「それ、いまやるべき場面でしょ?!」
「……いやー、やっぱりダメだよ。あの切り札は諸刃の剣で、もしかしたらあの悪霊以上の大騒動になる可能性があるし」
満景が気乗りしない調子で返答すると、意外な方向から声がかけられた。
「そこの。いま切り札があると言いましたね?」




