49話
ギヤマンが逃げて体勢を立て直す間、彼の近くにいた力雄はどうしているのか。
力雄は、巨大な悪霊が神社の中に入ってきた直後、大きく距離を取っていた。そして、相撲の立ち合いのときのように、両拳を地面にそっと付ける体勢を取っていた。
その恰好のまま、じっと動かず、ギヤマンが巨大な悪霊に悪戦苦闘する姿を見ていた。
「ふうふう、やるぞ。やるぞ」
力雄は自分だけに聞こえる声で、呟きながら待機し続ける。
やがてギヤマンが巨大な悪霊に向かって拳銃を投げ当てて、戦闘域から逃げきった。
その瞬間、力雄は両拳で地面を突いて立ち上がり、猛然と前へ。そして巨大な悪霊へと突っ込む。
「はっけよい!」
どしりっ。と音がなった。力雄が巨大な悪霊に体当たりしたのだ。
そのブチカマシの威力は、力雄より何倍もの体格がある巨大な悪霊を数センチ後ろに下げさせていた。
さらに力雄は、悪霊の消火栓ホースのように消化管を両手で掴むと、ぐいぐい前へ前へと押し始める。
すると、ズリズリと石畳から音を立てながら、巨大な悪霊が鳥居の方へと押され始めた。
どうやら力雄の目論見は、巨大な悪霊を鳥居の向こうへと押しやることのようだ。
鳥居の向こう――神社の結界の向こうに押し出したところで、再び戻ってくるだけではないか。
その疑問に対する答えは、満景が理解していた。
「相撲は神事だ。そして神事で生じた結果は、神の力の下に決定される。つまり、力雄が巨大な悪霊を押しきって勝てば、力雄が奉る神の力が悪霊を打ち倒すことになるはず」
「そういうことなの?!」
「師匠の一人から教えてもらった、神事に関する仕組みで考えるのならね」
満景と小里が見守る中、力雄は渾身の力で巨大な悪霊を鳥居の外へ押し出そうと奮闘している。
巨大な悪霊も、鳥居の外に押し出されることが拙いとは分かるようで、骨がまとわりついている足で踏ん張って堪えようとする。
悪霊の足にある骨が神社の石畳に食い込み、力雄の前進にストップをかける。
前進が止まったことを察して、力雄が次の手を打つ。
「ふぐがあ! ふぐがあ!」
大きな掛け声を放ちながら、がぶり――相手の消化器官を廻し代わりにし、それを引いた状態で自らの腰を上下前後に揺り動かしながら、相手の重心を浮き上がらせて寄り立てていく。
力雄ががぶる度に、巨大な悪霊の身体が大きく揺れる。悪霊の体が揺れると、石畳を噛んでいた足にまきついている骨が一瞬外れて、ストッパーの役割が失われる。
力雄ががぶると、巨大な悪霊の身体が少し鳥居の方へと後退する。
がぶり、後退。がぶり、後退。がぶり、後退。
渾身の力を発揮して全身の血流が活性化し、力雄の全身の皮膚は赤くなっている。
「ふぐがあ! ふぐがあ!」
全力で頑張る力雄の様子に、A組の生徒たちの様子が変わり始める。
巨大な悪霊の見た目に戦意喪失していた生徒たちの目に、やる気の光が灯ったのだ。
「……がんばれ。がんばれ!」
「その調子だ! もう少し!」
「押せ! 押せ! 押しきれ!」
生徒たちが口々に、力雄への応援を放つ。
その声援に応えるように、力雄のがぶりが力強さを増す。
そうして、巨大な悪霊の背中が、鳥居の下に届いた。
「「「あと少し! あと少し!」」」
「ふぐがあ! ふぐがあ!」
声援と掛け声が唱和する。
巨大な悪霊の背中が鳥居の外に出そうになる。
ここで巨大な悪霊が新たな動きを見せた。
両肩から伸びる腕を鳥居の支柱に巻きつけ、胸から延びる腕で力雄の首を掴む。鳥居を掴んで物理的に下がらないようにして、のど輪で力雄の体を仰け反らせて力が入らないようにしたのだ。
しかし相撲の技なら、力雄も負けてはいないようだ。
「ふぐ、ふぐ、ふぐがあ!」
悪霊の消化器官から片手を放すと、その手でのど輪を叩いて外す。更には、再びのど輪を食らわないように、顔を悪霊の身体にくっつけて密着させる。
「ふぐふぐ! ふぐふぐ!」
力雄は、悪霊の身体に顔をくっ付けたことで息苦しそうにしながらも、再び押し切ろうと奮闘する。
あと少しで鳥居の向こうへ出そうなのに、悪霊が鳥居を掴み両足から出ている骨を楔にして地面に撃ち込んでいることで、少しも動かなくなってしまった。
「がんばれ! あとほんの少し!」
「押せ押せ! あと少し!」
生徒たちの声援が木霊するが、しかし少しも悪霊の位置が動かない。
さらに拙いことに、時間経過と共に力雄の膂力に陰りが見え始めた。
大相撲の関取の取り組みでは、四分ほど取り組みが続くと、水入りという一時休憩が挟まれる。
つまりプロの相撲取りでも、全力で戦えるのは四分までということ。
そして力雄が巨大な悪霊にブチカマシを決めてから、もう既に四分が経過し、そして超えてしまっていた。
力雄の膂力が失われつつあることを証明するように、巨大な悪霊が鳥居から離れるように一歩前進した。
力雄は残った力で踏ん張ろうとするが、悪霊の前進を止められない。
頼みの綱だった力雄が力尽きそうな様子に、A組の生徒たちたちから落胆の息が漏れる。
しかしここで、復活したギヤマンが再び警棒で巨大な悪霊へと殴りかかった。
「ノーコンテストだ、コラァ!」
ギヤマンは飛び上がりながら、警棒の先で悪霊の顔面を殴りつけた。ギヤマンの警棒と悪霊の歯が当たり、甲高い音が周囲に響いた。
歯を全力で殴られていたかったのか、悪霊は四つの手で頭を抱えるように防御する体勢に。
ギヤマンは殴りつけた後に着地すると、疲労困憊になっている力雄を掴んで、後ろへ退避する。
「た、助かった」
「助かってねえよ。悪霊は健在なんだ!」
ギヤマンも力雄も巨大な悪霊に勝つことはできず、未だにピンチが続く。




