48話
神社の鳥居の前まで、真っ黒な靄が到達した。
満景の立ち位置からでは靄の中は見通せないが、最前線にいるギヤマンと力雄は中身が見えたのだろう。
二人の顔色――特に先ほどまで余裕顔だったギヤマンの表情が、笑おうとして笑えないという頬が引きつったものに変わっている。
「チッ。こいつが相手って、マジかよ。へへっ、燃えてくるじゃねえか」
ギヤマンは、口では威勢の良いことを言っているが、額から流れた冷や汗が顔の皮膚を伝って顎から滴っている。
力雄の方も、靄の中の存在が恐ろしいのか、四股を踏む足に力が入っていない。
力雄の四股は、神社の結界を強化してくれていた。
しかし四股の出来栄えが不十分になったことで、その結果の強化も弱まってしまったのだろう。
黒々とした靄が、鳥居の結界を強引に通って神社の中へ入ってきた。入ってくる靄の量は加速度的に増加し、さほど間を置かずに靄を纏う悪霊が神社の結界の内側に権限した。
この段階になれば、A組の生徒たちの最後方に位置している満景と小里であっても、靄の中にいる悪霊の姿を確認することができた。
靄の中の悪霊は、縦も横も人の何倍もある身体を持っていた。
しかし、その大きさよりも、人由来の悪霊だと推察できるのに、人の形を逸脱している外見が一番目につく点だった。
顔面の目鼻耳の部分が、全て歯のある口へと変貌していた。
腕が、両肩からの他に、胸や背中からも生えている。
多数生えている腕の手には、道中で捕まえたと思わしき悪霊を掴んでいて、それを顔面にある複数の口で噛み砕いて食べている。
腹部は、多数の管のようなものが身体の外にでて垂れ下がっている。管の内側から浮かび上がるのは、苦悶の表情をした人の顔。その光景から推察するに、あの多数ある管は全て食べた悪霊を消化するための消化器官なのだろう。
そして脚部は、巨大化した身体と肥大化した消化器官を支えるためか、足に多数の骨が突き刺さるようにくっ付いている。
靄を纏っている悪霊が一歩歩くと、肥大化した消化器官がずるりと地面を擦り、足を保持する多数の骨が地面に当たってがしゃと音を立てる。
歩く際に、それらの音が一度に生じることで、ずしゃっという音となって聞こえるようだ。
そんな目にした者に嫌悪感を抱かせる姿から、、もはや化け物と表したくなる、巨大な悪霊。
巨大な悪霊の正体が与える生理的嫌悪感によって、A組の生徒の多くは戦意を喪失している。
「気持ち、悪い」
「なんだ、あれ。理解が、できない」
「戦えない! あんなのとは戦えない!」
虫嫌いの人がゴキブリを見つけたような反応で、A組の生徒の多くが巨大な悪霊と戦うことを忌避し始める。
指揮をしていた手水舎ですら、生理的嫌悪を抑えることが難しいようで、的確な指示を口に出すことすら難しい有様になっている。
そんな中、ギヤマンは周囲とは全く違う反応を取っていた。
ギヤマンは嫌悪感を怒りに変えた言葉を発しながら、警棒で巨大な悪霊へと殴りかかっていく。
「キショイんだよ! このデカ悪霊が!」
梵字が書かれた警棒が、巨大な悪霊の体外に出ている消化器官を抉った。
かなり力強い叩き方で、人間が腹部に食らったら内臓破裂間違いない威力があったことだろう。
しかし巨大な悪霊は、その巨体さに見合った防御力があるようで、痛痒すら感じていない素振りを見せている。
「一発でダメなら、オラオラオラァ!」
ギヤマンは巨大な悪霊の身体の色々な場所を警棒で殴りつけていく。加えて、拳銃で幽霊を祓う特殊なBB弾も撃ち込む。
しかし、そのどれもが通用しなかった。
警棒で何処を殴ろうといくら殴ろうと、BB弾を全弾撃ち込もうと、巨大な悪霊の身体は傷つくことがなかった。
そして巨大な悪霊は、近くにいるギヤマンへと四本ある手を伸ばす。
その手の動きは、巨体の割りに早く、ギヤマンは逃げることを余儀なくされる。
「俺を捕まえて、悪霊のように齧ろうったって、そうはいくか!」
ギヤマンは、自分が逃げ切る切っ掛けを作るために、拳銃を悪霊の頭部へ投げつけた。
投げ放たれた拳銃は見事に命中した。
だが巨大な悪霊は、顔に幾つもある口で飛んできた拳銃を咥え、そしてバリバリと音を立てて食べ始めた。
拳銃の破片がボロボロと零れ、悪霊の足元に散らばる。
ギヤマンは、悪霊が拳銃を食べている間に、目論見通りに安全圏に逃げ切ることができた。




