44話
悪霊退治の実習が始まった。
しかし、悪霊退治と聞いて一般人が想像するような、夜に人気のない暗がりで戦うなんてことにはならないようだ。
昼の日差しがある昼日向の、境内が掃き清められた世田谷神社。その周囲には、特別な行事を行うからという表向きの理由で、一般の参拝客が入れないように規制線が張られている。
これから押し寄せる悪霊たちを弱体化させるために、隣接する寺からは、多数の仏僧が唱える仏教の声と、焚かれた香がモクモクと上がっている。
世田谷神社の境内内に、A組の生徒たちは散らばり、悪霊たちの登場を待つ。
鬼瓦先生も、スマホを手にして、どこかと連絡を取っている。
「悪霊の通り道にある家々の呪術的封鎖具合はどうか? 完了を確認したら連絡してくれ。その後は予定通り結界の綻びを大きくして、悪霊を大量に呼び込む作業をする。大物はそちらで退治をしてくれよ」
どうやら、別動隊がいて、悪霊の被害が周囲に出ないように作業を行っているようだ。
満景は、まだ悪霊が本格的に登場するのは先だと判断し、自分の装備を確かめることにした。
熊野高等専修学校の詰襟学生服。そのポケットには、電動自動銃のマガジンと、自作の札や人形を分散配置。首には破魔のネックレス。手には、霊を祓う効果のある特殊BB弾が装填された電動自動銃。
この格好。傍目には、罰当たりにも神社でBB弾を使ったサバイバルゲームをやろうとしている、不良学生に見える事だろう。
そんな満景よりも見た目が怪しいのが、ギヤマンだ。
頭にフードを被り、片手に拳銃を持ち、逆の手には特殊警棒。
ウキウキとした様子で、空中に向かってブンブンと警棒を振っている。
その様は神社を壊そうとする不良にしか見えない。
満景はギヤマンの風体に苦笑いすると、視線を彼の横にいる力雄に向ける。
力雄は、作務衣の私服姿で腕を組んで仁王立ちし、神社の鳥居の方向へ目を向けている。
勇ましい姿だが、小刻みに足が震えていて、怖気を我慢している様子が見えた。
そんな力雄の姿を見て、満景は首を傾げる。
力雄が怖気づいていることに疑問を感じたのではなく、力雄が悪霊に対抗する武器らしいものを持っていないことが気になったのだ。
満景は、その理由を尋ねに力雄に近づこうとする。しかし袖を小里に摘ままれて、進むことができなくなった。
「満景ってば、どこにいく気。ここで守ってくれないと困るー」
完全に怖気づいた様子の、小里。彼女の管狐も、落ち着きなく彼女の裾や袖から顔を覗かせて周囲を見回すや、すぐに服の内側に引っ込む有り様だ。
「本当に荒事が嫌なんだね」
「当たり前だって。こちとら情報屋だよ! 情報屋ってのは、情報を集めるときに危険は冒しても、それ以外の時間では平穏に過ごすものって、相場が決まってんしー!」
小里は、聖水が入った水鉄砲を両手に構えて、悪霊の登場に怯えている。
その様子では、満景がこの場を離れたら恐慌を起こしかねない。
満景は仕方がないと、力雄に対する疑問の解明を諦めることにした。
そんな二人に、若槻が近寄ってきた。
若槻の周囲からは、なぜかバシバシという音が立っている。よく見ると、空気が破裂している様子が、薄っすらとだが見えた。
その若槻が発する音に、小里が慌てる。
「ひっ、何の音!?」
「ご免ね、麻沙美ちゃん。わたしに憑いている神様は嫉妬深くて、他所の神社に入ると他所の神様を威嚇しがちなんだ」
「な、なーんだ、ももかちゃんの音か。悪霊だと思って焦ったぜい」
いつの間にやら、仲を深めて名前呼びになっている二人。
その後も二人で雑談を交わしていき、段々と小里の緊張感も薄れてきたようだ。
この調子ならと満景が安堵しようとして、そこに鬼瓦先生の声がやってきた。
「おーい。準備がようやく整った。これから悪霊を、この神社の中に呼び込む。かなり数が多いが、落ち着いて対処しろよ」
鬼瓦先生は、生徒たちに声をかけてから、大きく手を振って合図を行った。
合図を受けて、神社の社殿にいた人が何かの作業を始める。
すると、神社の雰囲気が一気に変わった。
今まではごく普通の神社といった感覚だったのに、作業が行われた瞬間に廃神社に迷い込んだような薄ら寒さが感じられた。
その感覚は満景だけのものではないようで、隣の小里に怯えが戻ったり、他の生徒も狼狽えたりしている。
一方で、鳥居近くに陣取っているギヤマンは、空気の変化に血のたぎりを覚えているようだ。
「へへっ、良い空気だぜ。こいつは腕が鳴りやがる」
そのギヤマンの期待の声に応えるためではないだろうが、神社の鳥居から見える先の通路に、異様な光景が現れる。
どんよりとした黒い空気が、一塊になって神社を目指して進んできている。
満景が猫目の印を自分の右目に施してみると、その黒い空気は通路一杯にひしめいている悪霊であると確認できた。




