3話
オシロの遺骨は、ペット用の永代供養の墓に入れることを、満景は選んだ。
オシロの骨を納めた共同墓地の墓石に手を合わせ、ソコノ住職と共に経を唱える。
そんなオシロとの別れの作業を終えた後で、満景はソコノ住職の車に乗って、例の悪霊の所為で事故物件化しているマンションへ向かった。
その道中で、ソコノ住職がスマホの通話で内見の約束を大家と取り付けていた。
満景たちがマンション前に到着すると、背が小さく痩せ型の老人が待っていた。どうやら、あのソコノ住職よりも年上そうな老人が、悪霊のいるマンションの一室を持っている大家のようだ。
「悪いね、アキちゃん。急な連絡しちゃってよ」
そうソコノ住職が気軽な調子で声をかけると、大家の老人が顔をほころばせる。
「住職には何度も世話になっているからね。このぐらいどうってことないさ。それで、そちらの兄さんが?」
「ああ。例の一室を借りたいっていう、男子高生だ。保証人は、もちろん儂の名前を書くとも」
大家の老人は、満景に近寄ると手を取っての懇願を始める。
「君が住職が信頼する払い師なのだね。早速出悪いけれど、件の部屋を見てはくれないでしょうか。お祓いができましても、卒業するまで同じ家賃のままにすることは約束いたしますから」
まるで大先生を相手にするような必死な態度に、満景は内心慌てながら返事を返す。
「わ、分かりました。見はしますし、可能なら祓うこともしますので」
満景の言葉に、大家は安心した様子になるとマンションの中を案内し始める。
「あの部屋に悪霊が憑いてからというもの、マンションの他の部屋の居住者たちから、マンション自体が気味悪くなったと苦情がでまして。このままですと、全体的に家賃を下げないと入居者がいなくなってしまうような状態でして」
内情を語る大家だが、満景は内心それどころではなかった。
(確かに、嫌な雰囲気がマンションの廊下に満ちているなあ)
霊障特有の空気を感じて、光景は片目に猫目の印を指で記しての霊視を行うことにした。
マンションの廊下に、霊魂の破片――俗にオーブなどと呼ばれるものが、空中に少量浮かんでいることが確認できた。
しかし、この程度の量のオーブは、どこにでも存在するもの。特段に、このマンションに多いというわけではない。
(いや、待て待て。先に進む度に、空中にあるオーブの数が徐々に多くなってきているぞ)
オーブの量が、空中に数個の状態から、数十個の状態へ移行し、やがてボールプールかというほどに多量に集まる状態へ。
オーブ事態に質量は存在しないしため、歩くこと事態には支障はでない。そも、見えている様子のないソコノ住職と大家には、オーブが影響するはずもないのだが。
「こちらが、件の部屋になります」
満景が、大家が示す部屋の扉の方へ目を向けると、その扉の隙間からポロポロとオーブが零れ出てくる様子が見えた。
(これほど連続的に出てくるのなら、廊下一杯にオーブが詰まった状態になるのも仕方がないよね)
オーブが多量にある原因が分かったが、件の部屋に霊障が起こっていることも確定した。
「少なくとも、オーブを産みだし続けるほどの霊障が、この部屋にはあるようです。そして、そのオーブが廊下にあることで、入居者の人たちが不安感を抱くという影響を受けているようですね」
満景が予想を口にすると、大家が懇願する顔で縋りついてきた。
「どうか、どうか、悪霊を祓ってください」
「分かっています。ちょっと待っていてください」
満景は大家の手から部屋の鍵を借り、マンションの扉を開いた。
ぶわりとオーブが部屋の中から出てくる中、満景は他の二人を廊下に残し、一人でマンションの部屋の中へと入った。
満景が取っ手を手放すと、部屋の扉が勢いよく閉った。
バタンと音が鳴り、その後でシーンと静かになる。
あれほどあったオーブは、部屋の中に入った瞬間に見えなくなった。
先ほど扉を開いたときに全て出てしまった――というわけではない。
この部屋にいる悪霊の霊圧によって、オーブが圧縮され、空中に見える形で存在しえなくなっているのだ。
満景は、玄関で靴を脱ぎ、一歩部屋に踏み入る。
リフォームして真新しい見た目なのに、床を踏んだ瞬間、ぎぃっと軋む音が鳴った。
満景は、音が出た時点で、制服の内ポケットから紙の人形を出して構えている。
部屋に居る悪霊によっては、この音を切っ掛けに、満景に襲い掛かってくる場合がある。そうなった場合に、手にある人形を投げることで、悪霊を人形へと逸らすことができる。
しかし今回の事案の場合、その用心は必要なかったようだ。
(領域に立ち入った者を無差別に襲うタイプの悪霊ではないみたいだ)
一つ安心材料を得て、満景はもう一歩部屋の中に入った。
玄関に入ってすぐの場所は、下駄箱。その先に、壁の左右に扉があり、廊下の先には曇りガラスの扉。
下駄箱の蓋を開けて中を確認。なにも入っていない。
続いて廊下の左右にある扉を開ける。
左側がトイレで、右側が脱衣所付きの浴室。
霊障が起こっている部屋の場合、本命の悪霊の他に、霊障に引っ張られて住みついた他の霊が居ることも多い。そしてそういった霊は、風呂場やトイレなどの水回りに居ることが典型的だ。
(でも今回は、そのどちらにも霊がいない)
この場合、考えられる原因は二つ。
一つは、悪霊の力が弱くて、他の霊を引っ張るほどの力がない。
もう一つは、悪霊の力が強すぎて、他の霊が恐れて逃げ出しているか。
満景は、悪霊の力が強い方ではないかと見立てている。
(力の強い悪霊と戦うのは面倒なんだけどなあ)
これから大変そうだと、満景は肩をすくめながら、廊下の先にある曇りガラスが入った扉を開けた。




