122話
舞を披露していた演者と銅鏡の前で演奏を続けていた人たちは、精魂を使い果たしたような顔色をしながらも、楚々とした動きで退出していった。
先ほど披露されていた雅楽――千秋楽でもって、浄化の儀式は終わったようだ。
正味一時間ほどの儀式を見学しただけだが、満景の心は清涼な風が吹き込んでいるかのように清々しさを感じていた。
それは他の生徒たちも同じなのだろう。全員がスッキリとした表情をしていた。
この建物まで案内してくれた神官が、生徒の面々に向き合う位置に立つ。
「見学、お疲れさまでした。どうでしたでしょうか?」
その問いかけに、生徒の内の数人が「興味深かった」や「なんかスッキリした」と感想を返した。
神官は、それらの感想に、嬉しそうに頷いた。
「それは良かったです。学校の後輩に喜ばれたと知れば、先ほど舞や演奏をした者たちも喜ぶことでしょう」
神官の物言いに、生徒たちは引っかかりを覚えた表情をする。
すると鬼瓦先生が、秘密を打ち明けるような口調で生徒たちに語っていく。
「先ほど、舞や演奏をしていた人物の中には、お前たちの先輩――熊野高等専修学校の卒業生がいた。というか、この神社は、うちの学校の就職斡旋先の主要な一つだったりする」
「熊野高等専修学校を卒業された方々は、霊能に関する実力は折り紙付きですからね。この神社に就職する確約をして頂けた方々には、神道系大学ないしは神職養成所で学ぶための助成金もお支払いしております」
そんな仕組みがあるんだなだと、満景は感心する。
一方で、手水舎は違う感想を抱いた様だ。
「つまるところ、この建物で行われる儀式を見せていただけたのは、青田買いをするためというわけですのね」
批難含みの声に、鬼瓦先生と神官が揃って、痛い所を突かれたと言いたげな苦笑いを浮かべる。
「これからの校外実習では、今回みたいに、将来斡旋する企業の見学も入っている。お前たちが、早い段階で自分の進む未来を決められるようにな」
「早い段階で興味を持っていただけたのならば、雅楽の講習会への案内もできますから」
つまり、未来が定まっていない生徒、就職先への斡旋作業が待つ教師、人手が欲しい神社側、その三方にとって良い話であると言いたいようだ。
手水舎は、その言い分を聞いて、軽く顎を上げた不満そうな顔になる。
「この神社が就職斡旋先の一つであるのなら、先にそう仰ってください。見事な雅楽による、感動商法の類かと警戒してしいました」
感動商法とは、人の感情をゆる動かすことで、商品購入、高額セミナー勧誘、寄付などに引き込む手法を指す。
それを引き合いにだした手水舎の苦情に、満景は確かに言われてみればと納得する。
(聞く人に、最初に場を清める雅楽で心地よさを、中盤で呪いを集める雅楽で不安を、そして終盤の呪いを浄化する雅楽で安堵と開放感を感じさせる。なるほど、感動商法のやり方と一緒だ)
事実生徒たちは、先ほどの儀式を見て雅楽への興味を抱き、神官の就職の勧誘にも素直に聞く姿勢を取っていた。
もちろん神官側に、手水舎が指摘したような意図がなかったことは、その困惑顔から分かる。
「一時の気の迷いでもって、就職は決めて良いものではありません。こちらが皆さまへ就職のオファーを出すのは、数年先です。それまでの間、皆さまは様々な経験をなさることでしょう。その経験を経てもなお、我々の活動に参加したいと思い就職先に選んでくださるのならば喜ばしいです」
「……そうですわね。国の護りを担う神社ですもの。わたくしの気の回し過ぎでしたわね。謝罪いたします」
「謝罪は受け取りますが、その姿勢は崩さずにいてください。霊能関係の界隈には、人を陥れることに良心の呵責を持たない者も多くおります。警戒して、し過ぎることはありませんから」
手水舎と神官との間で和解が成立したようだ。
ここまでの両者の話し合いを横で聞いていて、生徒たちは一様に『手水舎の気にし過ぎだ』という楽観的な態度を取っている。
それは神職に対する信頼からなのだろうが、用心が足りないとも言える。
満景は、他の生徒と同じように感動商法だと警戒する気持ちはなかったものの、神官からの『警戒はしろ』との忠告は心に留め置くことにした。




