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121話

 曲と舞が終わり、次の演目へ。

 舞い終わった演者が去るのと入れ替わりに、新しい演者がやってくる。

 それは白っぽい古代装束を着けた、一人の男性

 その演者を見て、満景は困惑する。

 楽器を持つ人も、ここまでの雅楽で舞を披露してきた演者も、それは見事かつ綺麗な衣装を身にまとっていた。

 しかし、いま現れた演者の全身が薄汚れていて、しかも衣服の布には解れと穴が開いている。とても、みすぼらしい格好だと言える。

 これまでの雅楽の舞によって清められた空気が充満する建物内において、その薄汚れた姿は見るも絶えない汚点にしか感じられない。

 満景だけでなく他の生徒たちも不愉快に感じているのだろう。思わずといった感じで、汚れた格好をする演者へ非難めいた目を向けている。

 そうして始まった雅楽の曲も、これまでと違って、酷い出来のように聞こえる音で構成されていた。

 笙の音は女性の悲鳴のような不協和音。乱暴に打っているようにしか聞こえない太鼓の音。その他の楽器も、これまでの芸術的な腕前が忘却されてしまったかのような、とても拙い演奏に変わっている。

 聞く者全てを不愉快にするような音の中で、演者が舞を始める。

 格好と音が酷いものの、舞を行う手振り、足取り、姿勢は完璧かつ見事で、人の目を引くに値するものだった。

 しかし舞が完璧であればあるほど、逆に衣服の汚れと解れに嫌悪感が生まれる。そして嫌悪感が、不協和音を発している曲によって増幅されていく。

 心を平静に保とうとしても、心の内から湧きあがるように、苛立ちと不快感が次から次へと生じてくる。

 演奏される雅楽について喋り合っていた手水舎と若槻も、その会話の声に不快感を滲ませている。


「あれは採桑老(さいそうろう)で間違いないでしょう。舞った者が死ぬと言われている演目を、どうしてこのような場所で」

「編曲の仕方が、呪歌っぽいような気が。呪いや穢れを祓う舞には感じられないですね」


 ここで、この若槻の見解が正しいと証明するような現象が起こる。

 この建物の開け放たれている三方から、触れるだけで怖気が走る異様な空気が流れ込んできたのだ。それも石炭ボイラーの煙突からの排気のような、黒々として健康を害しそうな呪いの空気がだ。

 その呪いの空気は、舞っている演者のもとへと集まっていく。


「この演目で演者に周囲から呪いが集まってくる。だからこそ、舞った者が命を落とすという仕組みだったのわけですか」

「普通は、こんな事は起こりません。きっとこの曲も舞も、古代から綿々と受け継がれてきた、いわば採桑老の原曲と正式な舞なんじゃないかな」


 呪いの空気は演者を取り囲み、その濃さを増していく。

 周囲から流れ込んでくる呪いの空気は止まらず、やがて演者の周りだけでは収まり切れない量になる。そして堤防から氾濫するように、演者の周囲へと重々しい空気が流れ出していく。

 全てを飲み込んで呪いに浸さんとする、黒々とした空気が生徒たちに迫る。

 ここ最近呪いについて学ぶ機会が多かった生徒たちは、呪いの空気に対抗するべく、それぞれが護符を手に準備し始めた。

 しかし、その護符が効果を発揮することはなかった。

 なぜなら、曲が変わり、建物の散布からやってくる呪いの空気の流入が止まったからだ。

 満景が演奏する人の方へ顔を向けなおすと、何時の間にか、金冠に金糸の衣装をつけた金色の舞手が、薄汚れた衣服の演者の隣に立っていた。

 新しい雅楽の曲が流れ、薄汚れた演者が気分悪そうに蹲る横で、その金色の演者が舞を行い始める。

 その雅楽の曲は、先ほどまでの胸が悪くなりそうな不協和音が偽りだったと示すように、聞く者の心に感動を生じさせる見事な調和の音で構成されていた。

 一音、一舞が生じる度に、建物内に充満している呪いの空気が一気に薄くなっていき、清浄な空気が戻ってくる。

 ここまでの現象を見て、手水舎が唸るような声を漏らす。


「一度舞台を舞い清めることで、最大限に世にある呪いを引き寄せて建物内まで吸引する。その後に、建物という檻に閉じ込めた呪いを、新たな舞で浄化する。上手い手段を思いついたものね」


 鬼瓦先生は、この場所で行われることを『日本の太平をと願う』と表していた。

 その言葉から考えるに、この一連の儀式は周囲にある呪いを集めて浄化する――日本という国自体にかけられた呪いを薄くする行為なのだろう。


(けど、建物内に入りきっていない呪いの空気はあった。一朝一夕で消え去るほど、国にかかった呪いは軽くないってことなんだろうな)


 満景はそう考えながら、金色の舞手によって浄化されていく呪いで黒くなっている空気を睨んだ。

 

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― 新着の感想 ―
わずかずつでもガス抜きということか。 現代なら、マニュアルとかできてそうだけど、昔は誤って何人か死んでそうだなぁこれ。
呪いを引き寄せる為に舞ってた演者さん、結構危険そうな役回りですねー 儀式には必要なんでしょうが大変な役ですわ
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