120話
狩衣姿の神官たちは、それぞれ手に何かを持っていた。
それは祓え串や榊の枝であったり、太鼓の撥や、雅楽で使われる楽器だったりした。
そんな神官たちが二十名ほど。この社殿に置かれた、銅鏡に向かって並んだ。
神官たちは、入口近くにいる生徒たちに背を向けながら、太鼓と楽器を鳴らし始める。
雅楽特有の曲が流れ出すとすぐに、多くの生徒が聞いたことのある曲だと気付いた顔になる。
満景も同じく、なんの曲かを思い出した。
(正月に神社のスピーカーから流れる曲だ。そういえば、この曲って何て名前なんだろう?)
満景が疑問に思っていると、手水舎が若槻と小声で話す声が聞こえてきた。
「これは越殿楽かしら。隠された神社で披露されるにしては、普通の神社と代わり映えがありませんけれど」
「鬼瓦先生が祈りの力なんて大袈裟に言っていたけど、神社で良く演奏されている曲だもんね」
困惑と落胆が混ざった二人の声。
しかし、祓え串と榊の枝を持つ巫女衣装の神官が動きを見せると、二人の声色が変わった。
「舞があるということは、太平楽? しかし巫女が舞っていますし、舞自体が違います。曲の拍子や具合も、越殿楽のままであるような?」
「雅楽の曲は似た感じが多くて、判別が難しいものですから、特定するためにもう少し見ましょう」
腑に落ちない顔をする二人を余所に、曲と舞は進行していく。
正月に神社で聞くような音に合わせて、巫女服の二人がゆっくりと手足を動かし身体を回して舞っていく。
巫女たちの動きは、それぞれ別。祓え串を持つ方は、串の先にある紙の房が広がるように、動作の末尾にだけ手振りを早く大きくしている。一方で榊の枝を持つ方は、枝から葉を落とさないようにか、常に一定の速度でゆっくりと舞っている。
巫女二人の手振り足踏みに、曲の端々に鳴らされる太鼓や鈴の音が合わさるように鳴る。
雅楽の演奏特有の不協和音に近い音が並ぶ曲なのに、動作と曲の端が合うだけで、曲と舞の一体感が生まれている。
満景は感心しながら舞と曲を見ていると、再び手水舎と若槻の小声が聞こえてきた。
「もしかすると、昔に失伝したという越殿楽の舞が、この神社では伝承されてきたのかもしれません」
「文献をもとに復活させたという線もあるかもしれません」
旧家出身という立場で各方面に造詣が深い手水舎と、幼い頃から芸能界を通じて方々の陰陽関係と関わってきた若槻。
そんな二人の知識でも、あの巫女二人が披露している舞は見たことがないらしい。
(つまり、隠し神殿で演じるに相応しい、珍しい舞ということ。これはご利益がありそうだね)
鬼瓦先生が解説していた、祈りの力。それにご利益が加わるのなら、太平の願いも叶いそうに、満景は感じた。
他の生徒たちも、良い物を見ているという表情で、雅楽と舞を堪能している。
そうして二十分ほどかけて、曲と舞が終わった。
巫女二人が目を伏せるような一礼をして、場所を明け渡すように、建物の脇にある出入口へと下がっていく。
すると二人と入れ替わる形で、日本甲冑姿の男性四人が入ってきた。その腰には太刀を、手には八尺ほどの長さの槍を携えている。
四人甲冑男性たちは、巫女二人がそうであったように、銅鏡に向かって立ち並んだ。
新たな雅楽の曲が奏でられ、甲冑四人による舞が始まった。
「これは明らかに、太平楽です」
「同じ曲を立て続けにはしないものなので、先ほどの曲は太平楽とは違う曲ということになりますけど」
解説役の二人の声を耳にしながら、満景は甲冑四人の舞を見る。
先ほどの巫女二人は、それぞれが違う舞を行っていた。
しかし甲冑四人は、全員が同じ振り付けの舞のようだ。
手振り足踏み、そして手の槍の振り方や付き方も揃えている。
舞を行いながら、四人は横一列から二人ずつの二列へ。そして二列から正方形の頂点の立ち位置へ。四角形の内に向き合い、そして外側へと顔と体の向きを変える。
その舞う姿は、あたかも全方向に槍持つ姿でもって睨みをきかせているかのようだ。
この満景の感想が正しいと証明するように、甲冑四人が舞を行うにつれて、建物内の空気に清涼さが増してきたような感覚が起こる。
満景が呪いに対する感度を上げると、空気中に微かにあった淀みや穢れが、甲冑四人の舞によって建物の中に追い出されていることが感じられた。
(珍しい舞でご利益を上げ、甲冑四人の迫力で場を清めたってところかな)
つまり、この二つの舞は前座。
次から行われる雅楽が、祈りの力に直結するものだと、満景は直感した。




