116話
満景たちが呪いの存在を感じ取る中、トイレタンクに手をかけている刑事二人は無頓着な様子でタンクの蓋を開けている。どうやら刑事二人は、霊能力に乏しいようで、呪いを感じていないようだ。
刑事二人がトイレタンクの蓋を外して中を見ると、揃って怪訝そうな顔をする。
刑事の一人がスーツの上着を脱いでシャツを腕まくりすると、タンクの水の中に手を突っ込み、そして何かを引っ張り上げた。
出てきたのは、指ほどの幅の細い鎖と、その鎖で雁字搦めになっている手に乗る程度の大きさの石像。
石像は煤けているかのように真っ黒だが、造形から察するに地蔵のようだった。
「なんでこんなものが、トイレタンクの中に?」
鎖が巻き付いた石像を手にした方の刑事が、不思議そうにつぶやく。
一方で満景たちは、水から引き揚げられて外気に触れた石像が、呪いの気配を強めていることを察した。
「刑事さん。それが、この家に住む呪術師が持つ、本命の呪物だと思います。早く、なにか、封印するための入れ物に入れた方がいいですよ」
「もし入れ物がねえなら、トイレタンクの中に戻せ。なんか、そのトイレタンクには呪いを封じこめる仕組みがあるみてえだからな」
そう満景とギヤマンが助言すると、石像を持つ方の刑事は像をトイレタンクの中に戻し、もう一方の刑事はマンションの部屋を出て駐車場のある方へと走りだしていった。
それから少しして、外に出ていた方の刑事が戻ってきた。その手には、クーラーボックスが握られていた。
見てみると、普通のクーラーボックスではなかった。お札が何枚も貼られていて、蓋の内側にはマジックでお経のような文言が書いてあった。
「持ってきたぞ。早くいれろ」
「このタンクの水も入れた方がいいですかね?」
「ホースは持ってきてないから、後で鑑識に水の採取を依頼すればいい」
刑事二人は話ながら、鎖の巻かれた石像をクーラーボックスに入れる。そしてクーラーボックスの蓋を締めると、蓋と本体の合わせ目に新たな札を目張りのように貼っていく。
そうして一通りの処置が終わったところで、マンションの共用廊下の方から鬼瓦先生の声がやってきた。
「効力の強い呪物を見つけたのはお手柄だが、呪術師の家を見学する時間は過ぎているぞ。次の班と交代だ」
鬼瓦先生に急かされる形で、満景たちと刑事二人は共用廊下へと出た。そして入れ替わりで、次の生徒たちが部屋の中へと入っていった。
先ほど満景たちが効果が強そうな呪物を見つけたからか、入ったばかりの班員たちは精力的に他にも強い呪物がないかを調べ回っている様子だ。
一方で刑事二人は、呪物が入ったクーラーボックスを抱えたまま、スマホでどこかへ連絡を取っていた。
「はい。なにやら怪しい物が。見つけた生徒たちが言うに、容疑者の所有する呪物の中でも効果が強いもののようで。これを見せれば、証言を引き出せるかと」
「すんません。再鑑識をお願いしたくて。はい、はい。トイレのタンクの中に呪物があってですね。そのタンクの水には、呪いの力を押さえる効果がある様子で」
そんな刑事二人の声を聞きながら、満景たちは見つけた石像について議論し合う。
「あの石像って、お地蔵様だったよね? 衆生を救うことを目的とする仏が、呪いの根源になり得るものなのかな?」
満景の仏教知識では、仏が呪いを振りまくということに、納得がいかない。
そんな満景の考えを訂正しようとするように、小里がある行事を教える。
「水田が多い田舎だと、地蔵に鎖を巻きつけて川に沈めて雨ごいする儀式があるって情報があるね。あえて地蔵を怒らせることで、天罰として雨を降らせる的なヤツ」
「その行事は、地蔵ではなく、道祖神だ」
力雄からの指摘に、小里が「そうだっけ?」と首を傾げる。
すると手水舎が呆れ顔で更なる指摘を口にする。
「昔の神仏習合で、道祖神と地蔵尊が混合された例は枚挙にいとまがありません。なので儀式を行っている方々の認識が、道祖神ではなく、地蔵尊であっても不思議ではありません」
なるほどと班員一同が頷いたところで、ギヤマンがまとめの言葉を口にする。
「つまりだ。地蔵だか道祖神だかの石像をトイレタンクに入れることで、石像が水責めを恨みに思って呪いを出すようにしたってわけだ。まあ、トイレの水に沈められりゃあ、どんな仏でも怒るに違いねえよな」
「特殊な水によって呪いが外に漏れないようにしていたのは、石像に溜まった呪いが拡散しないためでもあったんでしょうね」
若槻が「神を畏れぬ所業だ」と怒り、他の一同も賛同する頷きを行った。




