111話
呪物供養の寺で校外実習を行った、その翌日。
満景が学校に登校して教室に入ると、クラスメイトたちの顔色が一様に悪い様子だった。
満景が席に着く道を進む間に聞こえてくる会話から、どうして顔色が悪いのかの理由が分かった。
「家の家具や食器にさ、呪いの気配がしてて。それを今まで使ってきたんだって知って、気分悪くてさ」
「俺もそう。特に風呂場がヤバかった。呪いつーか瘴気だったんだけど。そのまんまじゃ使ってられねえって、自分で必死に掃除したよ」
「今まで気にしてなかったのに、急に神経質になりすぎッて、家族に笑われた」
どうやら昨日生徒の多くが呪いへの感度が高くなったことで、身近に弱い呪いが溢れていることに気付いてしまったようだ。
そして身近に呪いがあることで気分が休まらなかったことで、体調不良を起こしているようだ。
(呪いは不浄の気配を持っているから、呪いが身近にあるって状況は、気分的にはゴキブリが身近に居続けているのに近いだろうからね)
生徒たちの気持ちを理解できたところで、力雄が登校してきた。
力雄は大柄で力持ちながら、実はシャイな内面を持っている。
そんな力雄が感度の高さから呪いの気配を感じ突けていたのなら、さぞや心が疲弊していることだろう。
満景はそう考えたが、実際の力雄はいつも通りに元気な様子だった。
「……おはよう、力雄。大丈夫だった?」
「大丈夫、とは?」
心当たりがないという表情の力雄に、満景は教室にいる他の生徒に目を向ける。
「なんだか皆、呪いを身近に感じて落ち着かなくて、気分が疲れている人が多いみたいなんだよ。だから力雄は大丈夫だったかなって」
「なるほど。心配いらない。家は境内にあるからな」
言われて、満景は失念していたと反省した。
「そうか。神道の神社なら、雑多な呪いなんて入ってこれないよね」
「神力に加えて、早朝の儀式もある」
「その儀式って、力雄が相撲の稽古をすること、だったっけ?」
「相撲の四股には、悪しき力を踏んで封じる力がある。四股の足音だけで、呪いは祓い清めることができる」
だから力雄の家には瘴気や呪いが生じる余地がないく、呪いや瘴気で気を病むこともないらしい。
それは良かったと、満景が力雄に不調がないことを喜んでいると、小里が教室に入ってきた。
「うい~。おはよん~」
へろへろ声での朝の挨拶に、満景と力雄は小里に顔を向けてギョッとする。
なぜなら小里の目の下には、マジックで書かれたような、くっきりとした隈が出来ていたからだ。
「どうしたの、その目の隈」
「ああ、これー。家の中に、ずーっと呪いっぽい気配がしててさ。それが気になって眠れんくてねー」
「眠れなかったのは分かるけど、一日徹夜したぐらいで、そんな隈が出来るもの?」
「普通は、こんな濃くならないんだけど。昨日の夜は、ずーっと気を張って、気疲れがスゴいからかもー?」
どうやら小里も、多くのクラスメイトと同じように、身近に感じる弱い呪いの気配で気が休まらなかったようだ。
そして満景は、小里の家が情報屋であることと、昨夜に見かけたインターネットと呪いの関係を思い出して、一人納得する。
(小里さんの家が伝えた情報によって幸不幸になった人たちがいて、その人たちが小里さんの家に念を飛ばしている可能性が高い。そう考えると、情報屋は人から呪いを集める職業の最たるものなのかもしれない)
満景が理由が分かった顔になっていると、小里が抱きつくように身を寄せて絡んできた。
「ちょっと、満景ー。なにか言いたそうじゃん? なに? 心安らかに寝れる方法とか、知ってたり~?」
満景は、小里の家の生業のせいで呪いが集まっているんじゃないか、なんてことを伝えられるはずもなかった。そのため、小里が欲しがっている、呪いを感じないようにする方法を口にすることにした。
「さっき力雄と話していて、力雄の家は朝に奉納儀式を行うから、身近に呪いはないって言ってたね」
「うちは管狐の情報屋だからさ、すでに稲荷様に祈るぐらいはやってんだけどー?」
「じゃあ、昨日までは呪いが気になってなかったのなら、昨日より前と同じぐらいに呪いを感じる力を落とすしかないんじゃないかな」
「力を落とすって、どうやんのよー」
「僕らがいま呪いを感じる力が増しているのは、昨日の校外実習の効果が残っているからだ。なので今まで通りの日常を送っていれば、自然と前と同じぐらいまで呪いを感じる力が下がるはずだね」
「それ、何日かかんのさー。もって手早いのないわけー?」
「別のことに集中していれば呪いが気にならなくなるんじゃない?」
「それ、日中はいいけど、寝るときに使えないじゃんよー」
「そうすると、僕が考えつく手段は、あと一つだけだね」
満景は、制服のポケットから短冊状の紙を一枚、そして筆ペンを取り出す。筆ペンでもって、紙の上に模様に見える感じを書いていく。
五分ほどで書き上がったのは、中華系のホラー映画で出てくるような、道教の符だった。
「この符は、書かれた呪文によって、他所事が気にならなくなる効果がある。これを枕の下にいれて寝れば、睡眠中は呪いが気にならなくなる」
「えっ、ほんと! ありがとう――」
小里が伸ばしてきた手に、満景は符を取られないようにと逃がす。
「――ちょっと、ちょうだいってば!」
「渡す前に注意事項。これ、枕の下にいれたり、服の内にいれたりすると、霊的現象を感じ取れなくなる可能性があるんだ。管狐がなにか注意を呼び掛けても、伝わらない可能性があるんだけど、それでも使う?」
「えっ、それは困るー。うちの子には、色々と手伝ってもらってっからなー」
どうしようと小里が迷っていると、手水舎と若槻が教室に入ってきて満景たちに近寄ってきた。
二人とも、見た目に疲れた様子はなく、普段通りだ。
「おはようございます。何をなさっているのかしら?」
「犬塚くん。その手にあるのって、自作のお札ですか――」
若槻が満景の手にある符に興味を持った瞬間、その符が爆ぜて千々に散った。
「のあああ! お札が!」
悲鳴を上げたのは、符を受け取るかどうかを迷っていた、小里。
符を破損させられた満景自身は、仕方がないという表情になっている。
「ああ。霊的存在を感じなくする符だったから、若槻さんの守護神が気に入らなかったんだろうなあ」
満景が口にした予想を肯定するように、若槻の周囲からラップ音が一つ出てきた。
「うちの神が申し訳ありません! あの、弁償しますから」
「いや、いいよ。さっきパパっと書いた自作の符だから」
恐縮する若槻を、満景は笑って許す。
そんな二人へ、小里は自身の悩みが解決していないのだけどと言いたげな表情を向けていた。




