109話
呪いについての校外実習で、満景の体力は限界だった。
しかし今日も、占いの館にて、占い師として勤務がある。
満景はコンビニでパンと飲み物を買うと、それらを移動中に口にしながら、占いの館へとやってきた。
校外実習の終わる時間が遅かったこともあって、すでにソコノ住職が占いの館の開店準備を終えていた。
「おう、遅かったな。それに、矢鱈と疲れているようだ」
ソコノ住職に見抜かれて、満景は苦笑いを浮かべる。
「学校の授業で、呪物供養で有名な寺で奉仕活動をしたからね」
「ああ、なるほど。呪物の運搬をしたわけだ。そいつは疲れても仕方がねえ」
二人で喋り合っていると、占いの館に勤務する占い師の一人、デビル大杉殿下が現れた。
彼は、占い師をやっているときは女装系ビジュアルバンドメンバーのような格好をしているが、今は会社員のようなスーツ姿――彼曰く、人間に紛れるための格好―――をしていた。
そんなデビル大杉殿下は、満景たちに会釈してビルに入ろうとしたところで、満景に振り向いてきた。
「おい。制服のポケットに、何を入れている」
唐突なデビル大杉殿下からの質問に、満景は首を傾げる。
「そう言われるような、変なものは入れてないはずですけど?」
満景は制服のポケットに手を入れて、中身を取り出していく。
学生証。呪術関連の紙の人形や護符を入れた守り袋に数珠。覚え書き用のペンとメモ帳。ハンカチとティッシュ。
そうやって一つ一つ取り出していって、唐突に満景が制服の外ポケットの一つから、入れた覚えのない物が出てきた。
「あれ? これは、玩具の判子かな?」
全体的な色味は緑で、材質はプラスチックっぽく、子供がはめる指輪のような姿形をしていた。その指輪でいうところの座面が平皿型で、動物っぽいものが彫り入れられている。
判子として使ったことがあるのだろう、動物っぽい彫り物の隙間には朱肉っぽい赤色がついている。
満景は、こんな玩具の判子指輪を買って制服に入れた覚えはないし、昔に持っていたこともない。
ならどうして、制服の外ポケットに入っているのか。
満景が思い至った理由は、ただ一つ。
「多分、呪物を運搬している際に、どこかから紛れ入ったか、生徒の誰かがいれたかしたんだろうけど」
満景は予想を口にしながら、手にある玩具の指輪に向かって感覚を研ぎ澄ませる。
すると、さっきまでは感じ取れなかった呪いの気配が、この指輪からしていることに気づくことができた。
その呪いの気配は、もの凄く薄っすらとしたもので、大した力はなさそうに感じられる。
それこそデビル大杉殿下が指摘しなければ、制服のポケットに入っていることを何か月も知らないまま過ごしてしまいそうなほどの驚異のなさだ。
そんな指輪を満景が自身の手に乗せて見ていると、デビル大杉殿下が手を伸ばしてその指輪を取り上げた。
「こいつは大した力はないが、悪魔が関わってる気配をしている。危険はないだろうが、万が一を防ぐために、こっちで預からせてもらうからな」
デビル大杉殿下がスーツの内ポケットに、指輪をしまってしまう。
満景にしてみれば、何時の間にか入っていた謎の指輪なので、好意を拒否する理由がない。ただし、悪魔関連の指輪と聞いて、質問したいことができた。
「悪魔関連の呪物って、他の呪物とは違ったりするんですか?」
デビル大杉殿下は、どう答えるかを迷う素振りを見せた後で、言葉を探しながらの口調で返答し始める。
「悪魔とそれ以外の呪いとでは、そうだな、ジャンルが違う感じだ。普通の呪物は、人の負の感情がこもったり、霊的な存在が入り込んむことで生じる。一方で悪魔の呪いは、感情的なウェットな部分はなく、契約で生まれるドライなものといえる」
「契約、ですか?」
「童話で聞いたことはないか。金貨が延々と出てくる代わりに一生脱げなくなるズボン。どんな物も作れるようになるが、手入れを忘れると怪我をする大工道具。そういう、悪魔が渡す道具の数々を」
「聞いたことありますけど、それが契約ですか?」
「そうとも。決まりがあり、その決まりを守っているうちは益を与え、決まりを破れば与えた益以上の損をも与える。これこそが悪魔の呪いの典型なのだ」
満景はなるほどと頷いてから、デビル大杉殿下の内ポケットにある指輪を指した。
「じゃあその指輪も、決まりを守っている間は良い事が起こるものだったってことですね」
「ありし日はな。この指輪にあった悪魔の呪いについては、既に契約が切れる形で消失している。持ち主が命を失ったのか、それとも強力な霊能者によって契約が強制的に破棄されたのかは分らんがね」
「玩具の指輪にかかるていどの悪魔の呪いで、命を落とすこともあるんですか?」
「悪魔は契約を守る存在であり、相手に契約を守らせる存在でもある。それは逆を返すと、契約を疎かにする者に対して容赦がない存在であるということでもある――」
ここでデビル大杉殿下は言葉を区切ると、偽りの人間の姿を止めるように、表情を悪魔らしい悪者っぽいものに変えて満景に凄む。
「――だから悪魔と契約をするでない。契約をしたのなら、契約以外のことをやらそうとするでない。契約の穴を突こうとするのなら、逆に契約の穴を突かれて身が破滅する覚悟でやらねばならん。低俗低能な人間如きが、万能に一歩及ばぬ悪魔の裏をかけるはずもないのであーる」
デビル大杉殿下は、占いの館に近づいてくる客らしい人をみかけると、表情を先ほどのものに戻す。そして悪魔に関する話は終わりだと身振りすると、占いの館にある自身に与えられた占い部屋へと向かっていった。
満景がためになる話を聞けたなと思っていると、ソコノ住職に背中を叩かれた。
「おい、ぼーっとすんな。もう開館時間だ。そら、満景も占い部屋へ向かわんか」
「そうだった!」
満景も占いの館へと入り、そして占い業務を始めることにした。
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