105話
神奈川県の端にある、全国から呪物を引き取っている寺に到着した。
確りとした木製の門と立派な白塗りの壁に囲まれた、中々に広い土地を持つ寺。門柱には寺の名前が刻まれた看板があり、開かれた門の向こうには石畳が広がっている。
門から敷地に入ると、目立つ建物が三つ。
多数の年月の経過を思わせる、黒く艶めく木材で作られている仏堂。
昭和の終わり頃に立てられたと思わせる建築様式の、部屋の数が多そうな大きい邸宅。
そして、ごく最近に建てられたように見える、白いコンクリート製の三階建てのビル。
石畳の上に、案内看板が立てられている。
お参り先という矢印の先には仏堂があり、呪物鑑賞先という矢印の先にはビルがある。あの邸宅は、住職の家で一般開放の対象ではないようだ。
そんな寺の内観を生徒たちが見ていると、仏堂の方から一人の仏僧――黒い僧衣に黄の半袈裟をつけた初老ほどの男性がやってきた。
その仏僧は、先に鬼瓦先生へ合掌の一礼した後で、生徒一同に向かっても一礼した。
「ようこそ、おいで下さいました。本日は、呪物の見学と、お焚き上げの補助という形で、よろしかったでしょうか?」
初老僧侶から発せられた聞き心地のよい声に対し、鬼瓦先生が頷いてから返答する。
「生徒たちには先ほど呪いを感じる肌感覚を身に着けさせました。なので、強い呪物に近づいて、不用意に呪いにかかることはないはずです」
「それは重畳。では、先に呪物博物館にて呪物を見学頂き、斎食をお取りいただいてから、お焚き上げの補助をしていただきたく」
両者で話がついたようで、僧侶が先導して三階建てのビルへ案内する。
「こちらの建物は、全国から集められた呪物を保管する場所になっております。一階には長い時が必要となる物品が、二階には少しの時が必要な物品が、三階は近日に焚き上げる物品が詰まっており物置の如き有り様で開放は致しておりません」
ビルのガラスの押戸を引き明けて中に入る。上がりかまちのない、土足で歩いていけるタイプの廊下だ。
廊下の左右にはガラス張りの展示棚があり、それが奥まで続いている。
その展示棚の中にある物品は、多種多様だった。
刀に槍。能面や筆。人形に玩具。果ては、古い電子機器もある。そういったものが、多少の間隔を空けて並べられている。
その物品一つ一つに、ラミネート加工された説明書きが置かれている。
刀には『村滅の妖刀』とあり、江戸時代に寒村一つを皆殺しにしたという伝説と、磨かなくても錆びない上に常に刃先から水が滴っているという現象が書かれている。その説明書きの通り、展示されている刃の切っ先の先にはコップが置かれていて、一分ほど毎に刃先から水がコップの中へと滴り落ちている。
能面は『表情が変わる鬼面』とあり、十年前に撮られたという写真も添えられている。実物も写真も、この世を恨んでいそうな禍々しい表情をしているが、十年前の写真の方が今の実物よりおどろおどろしい感じが強い。どちらも同じ面だというのが本当なら、年月が経つことで面の呪いが弱まっているのだと判断できそうに見える。
古い電子機器は、『幽霊の恨み声が出る機械』とされている。電源をコンセントに入れなければ音が出ないらしく、展示棚に置かれた状態では置物でしかないようだ。
満景がそういった説明書きを読んでいる間も、薄っすらと並んでいる物品からガラス越しに滲んでくる呪いを知覚していた。
どの物品からの呪いも、思わず人が手に取りたくなる衝動を起こすもののように、満景には感じられる。
(手に取った後、さらに別の呪いの効果が起こるんだろうな)
その満景の予想が正しいと示すように、展示棚のガラスには人の手が触れてついた手油の跡がいくつもある。
手の跡は、皺だらけの老人から、満景と同じぐらいの大きさのものや、赤子らしき小さいものもある。
ふと満景が横を見ると、小里がガラスにある赤子の手形に目をくぎ付けにしている。
「どうかした?」
「……あの手のあと、ガラスの内側にない?」
言われて、満景は立ち位置を変えて、赤子の手の跡を横から覗くようにして確認してみた。
すると小里の主張の通り、手形は満景たちが立っている廊下側ではなく、展示物のある棚の側のガラス面についているようだった。
手形のある場所は、大きなガラスの真ん中の下部にある。赤ん坊がガラスを開けて棚の内側の面に付けた、という主張は成り立たない場所だ。
「ま、呪いの品ばっかりある場所だし、赤ん坊の霊が付いていても変じゃないよね」
「なに、あっけらかんと言ってんの。ガラスに手形を付けられるぐらい存在が強い霊なんて、悪霊に決まってんのにー」
「大丈夫だって。悪霊が出たら、すぐに先生や生徒の誰かが祓うだろうし。それに若槻さんの守護神がいるんだから、悪霊だって近づいてこないって」
満景の声が聞こえたのだろう、小里の背後に位置していた若槻が『なにか用?』といった表情を向けてきている。
小里は、背後の若槻の腕を取って組むと、ピッタリとくっ付いたまま呪物鑑賞に戻っていった。




