104話
バスでの移動の最中、バスガイドかのように、鬼瓦先生は車内マイクで向かう先の場所について喋り始める。
「次に訪れる場所は、ありとあらゆる呪物を受け取って供養してくれる住職がいる、神奈川県の端にある寺だ。毎日、処分に困った呪物が配達されていて、呪いの程度が弱いものは即日に焚き上げを行い、呪いの程度が強いものは呪いが弱まるまで放置してから焚き上げている。お前たちには、その焚き上げの手伝いと見学をすることになる」
ここで生徒の一人が手を上げる。
「強い呪いの呪物は放置しているってことですけど、寺にいる人が呪われることってないんですか?」
「そりゃあ、ある。あるが、その寺の僧侶たちは、毎日禊を行うことで呪いの影響を受けないように工夫している。もっとも、年に何件か弟子が呪いを食らい、僧侶総出でお祓いする事に成ったりもするらしいが」
呪われる危険があるのに、どうしてその寺の僧侶は呪物を引き取っているのか。
生徒の多くが、そう疑問を持った顔になる。
その並んだ表情を見て、鬼瓦先生の口に笑みが浮かぶ。
「事の最初は、品に宿った人の無念が可哀想だからと、呪物を引き取って念仏を唱えたんだそうだ。それで呪物を引き取ってくれると噂になり、次々に呪物を持ち込まれるようになった。そして、乗りかかった船であり、世の中には呪物に困っている人が大勢いるのならと、全国から呪物を受け取るようになったそうだ」
「つまり人助けですか?」
「寺の坊主らしい、出来た人物だろ?」
質問をしていた生徒は、鬼瓦先生の説明に納得した顔になった後で、呆れ顔になった。
満景も、その寺の住職に対して、呆れの気持ちを持った。
東京都内のビルの地下にある、呪いを除去できなかった人物の収容所。
あの場所を思い出せば、呪いを受けることへの怖さも分かる。
その呪いの怖さを承知したうえで、全国から呪物を集めて焚き上げて浄化させようと、満景は思えない。
なぜなら、浄化に失敗すれば呪いを受けて、あの収容所の住民になり果ててしまう未来もあり得るからだ。
(呪いなんて、関わらないようにしたほうが良いに決まっているのに)
狗神使いの家に生まれたからこそ、満景は強くそう思っている。
しかし、呪物の始末に困っている人を引き取り手という形で助け、呪物に込められた人の念を焚き上げで救い、世に存在する呪いを浄化して消すことで生きやすい世を作っているのだ。
間違いなく、その寺の住職は教的な徳を積み上げている。
(占いという形で衆生を助けているソコノ住職と、件の寺の住職。どっちが徳高い人物なんだろう)
満景は、一気に呪物を引き取っている寺の住職のことが気になってきた。
一方で満景の隣の座席にいる小里も、満景とは別の方面で寺の存在が気になっているようだった。
「バスが走っている道と、呪物を引き受けている寺の珍しさからして、向かっている先は、この寺っしょ。おおー、年代物の妖刀が展示してあるとか書いてあるー」
満景がそっと小里の手にあるスマホの画面を見ると、件の寺についてのニュース記事が表示されていた。
その記事によると、引き取った呪物かつ長期間放置が必要な強い呪いの物品で、鑑賞として見ごたえのある物品については、本館で無料展示されているらしい。
そしてその展示場所は、多くのSNS発信者が訪れて、一緒に自撮りをしているようでもあった。
呪物を展示物にしている寺の措置に、満景は肩を落とす。
(見学者が呪いにかからないような措置を取っているとは思うけど、呪物を展示して人を呼び込んでいるだなんて)
放置するしかない呪物の有効活用と言われればそれまでだが、徳の高い人物がやることではないだろうという残念な気持ちが、満景の心の中に広がったのだった。




