102話
石柵で囲まれた禁足地は、一見するとなにもない場所にしか見えなかった。
なにかの像があるわけでもなく、墓があるわけでもなく、木があるわけでもない。
ただし、誰も中に踏み入っていないことを教えるかのように、ただただ枯れ葉だけが石柵の中を満たしていた。
その土地から漂ってくる臭いにも、特段に変な部分はない。
積み重なった枯れ葉が朽ちて生まれた腐葉土から、その土らしい臭いがするぐらいだ。
満景の、霊現象を良く嗅ぎ分ける鼻でも、その土地から嫌な臭いは感じられない。
だから満景が肌に感じる、呪いが触れて品定めしてきている感覚がなければ、この土地が禁足地であるとは認識できなかったことだろう。
この満景の感覚が正しいことは、周囲の生徒たちの態度を見ればわかる。
「禁足地だって脅かされたけどさ」
「だよな。なんにもない、ただの土地だよな」
呪いの気配を感じ取れていない生徒が、先ほど鬼瓦先生が注意したにも関わらず、軽率な発言を口にしている。
他にも、呪いの場所だと聞いていたのにと、拍子抜けしたような態度をしている生徒もいる。
これは危険だと、満景は思った。それと同時に、この場所の呪いの危うさを理解した。
(ここの呪いは、普通だと危険に感じないからこそ、危険なんだ)
人は危険な場所だと認識すれば、注意を払う。
牙を剥く猛獣が目の前にいたり、もの凄い速さで移動する車を見れば、誰だって危険を感じるものだ。
しかし一方で、安全だと一度認識してしまうと、途端に警戒を止めてしまう。
例えば、その猛獣が檻の中にいたり、その車が区切られたレース場を走っていた場合、人は危険だとは思わなくなる。
猛獣も車も、なにも力を失っていないにも関わらずだ。
そして安全だと思った人間は、無茶な行動をする。
猛獣がいる檻に近づいて記念撮影をしたり、レースコースのギリギリにある席を取って座ったり。
そして、檻に近づきすぎた人間を猛獣が襲い、コースから外れた車が観客席に衝突して被害を出す。
これらは不幸な事故と言えなくもないが、人間側が『猛獣は怖いもの』や『車は危険なもの』という認識を持ち続けて警戒すれば、防げた事故でしかない。
(人に危険だと察知させないことで、人を禁足地に呼び込む呪いってわけか)
危険がなさそうに見えるから、うっかり人が禁足地に踏み入る。その瞬間、待ってましたとばかりに、呪いがその人物を絡めとる。
そんな、安全そうなものに擬態し、迂闊な者を獲物として待ち受ける、潜伏型の呪いだ。
そこまで思い至って、どうして鬼瓦先生が『肌感覚』と言ったかを、満景は理解した。
(この呪いに触れられている感覚を、生徒全員が持てるようにしたいんだろうな。そうすれば、どんな呪いであっても、肌感覚で危険さが分かるようになるから)
満景がそう判断した直後、鬼瓦先生が生徒たちへ向かって声を放った。
「よーし。この石柵の近くに集まれ。そんで、呪いを感じている連中は、他のやつらにどんな感覚かを伝えろ。その感覚を全員が覚えることができたら、今日の授業は終わりだ」
この宣言に、生徒たちは色めき立った。
現在の時刻は、まだ朝と言って差し支えのない時間だ。
早々と全員が呪いを肌で感じ取れるようになれば、午後から丸々自由時間にすることができる。
先ほどまで禁足地を侮っていた人も、早く授業を終わらせたいとばかりに、呪いを肌で感じ取れる生徒に集まって感覚を教えて貰い始める。
満景のもとにも、小里を始めとする同じ班員が、呪いの感覚について教えてもらおうと近寄ってきた。
「皆もよくよく感じ取れば分かると思うよ。ここの呪いは、獲物を探っている感じで、例えるなら薄いティッシュ紙で薄っすらと肌を撫でているような感覚だよ」
小里たちは一様に感じ取ろうと目を瞑るが、どうやら感覚が分からないようだ。
それならと、満景は手水舎に顔を向ける。
「ハンカチがあれば、それで肌を撫でて、同じ感覚がしてないかを探ってみて」
「どうして、わたくしに言ってますの?」
「だって、この中でハンカチを持ってそうなのって、手水舎さんだけだから」
手水舎はシルクのハンカチを出してみせ、他の者も続きなさいとばかりに、他の面々に目を向ける。
しかし、力雄が出したのは汗を良く吸いそうな起毛のハンドタオルで、小里はくしゃくしゃになったアニメキャラもののハンカチで、ギヤマンは持ってないと示すように両手の平を向けた。
手水舎は、信じられないという顔をしてから、ギヤマンに予備のハンカチを手渡した。
「これでなら、曲りなりにも、全員が布で肌を撫でる感覚は掴めるでしょう」
さっさと肌感覚を掴もうと先導するように、手水舎は腕まくりすると露わになった肌にシルクのハンカチを軽く当てて、すっと撫でた。
他の面々も、それぞれの手にある布で肌を薄く撫で上げると、その肌感覚と近いものが他の場所からするかを感じ取ろうとし始めた。




