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零界の始まり

生前の日本では、食料自給率というのが問題となっていた。

しかし何故か政府は米を増産しようとはしない。

むしろ減反政策をとり、年々米の生産量は減ってゆく。

神話の中にある天孫降臨の際、天照大神が孫のニニギノミコトに稲穂を持たせるくらい『日本には米が大切』だと分かっているはずなのにだ。

日本は米と共に歩んできた国。

ならば米が潰えた時、日本は終るのだろうと俺は思う。


光宙が推古から独立し体を手に入れた次の日、俺たちは再びリセットワールドの探索を始めようとしていた。

「狛里たちはここ数日、一体何をしてたんだ?」

休みの日の女手たちの行動を、特に制限してはいない。

でも大抵家でゴロゴロしているはずの二人なのに、どうも外に出て何かをしていたようなのだ。

だから少し気になって尋ねてみた。

あまり目立つ事をされても困るしね。

「ちょっとお手伝いしてたの‥‥」

「多くのプロデンジャーがアトラクション大陸に向かっているでしょ~。人手不足みたいなのよねぇ~」

「だからデンジャー協会の仕事を手伝っていたって事か」

「そんな所なの‥‥」

ふむ。

嘘を言っている気配はない。

ただ何かを隠している感じはするんだよなぁ。

そう言えばキマイラBのハチ公探しをしている時も、それをほっぽりだしてテヘペロ会長の仕事を手伝っていた。

更にその前にも、何かしら俺の知らない所でデンジャー協会と仲良くなっていたりしている。

‥‥。

まあでも、特に悪い事をしている訳ではなさそうだし、俺はこの件について更に聞こうとはしなかった。

ブラック上司でも無いしね。

「今日から日本の東へ向かうぞ」

「好きにすればいいのです」

「妃子たちは影の中で寝てるので、ご飯になったら起こしてほしいのね」

どうして此処までメイドの風下なんだ。

闇の家を任せてから働き者になったのに、冒険となるとコイツラ変わりやがる。

‥‥いいけどさ。

俺は自然と顔がほころんだ。

「それじゃ行くのじゃ」

「俺もついてっていーんだよな?」

「引きずって行く事になるけどな」

光宙の魔力量だと、常人並みにしか走れないだろう。

となると推古に引きずっていってもらう事になる。

「そんな事にはなんねーよ。伊達に推古の中に一緒にいた訳じゃねーぜ?」

「ほう。それならいいんだけどな‥‥」

昨日よりも魔力が落ち着いてきている気はする。

その分スライム並みにはありそうだけれど‥‥。

「お父さん、行こうよ!」

「おう!そうだな。じゃあ行くぞ!」

俺はそう声をかけてから走り出した。

直ぐにみたまが付いてきて、狛里と天冉も続く。

推古には最後尾を任せているから、後は光宙だけれど‥‥。

「おっ?走れている?」

「あったりめーよ!俺は力をスピードに全振りしてんだから」

全振りって言っても、振れるステータスポイントは雀の涙のはずだ。

つかそもそもステータスポイントなんて存在しないんだけれど。

いや、此処は一応エルドラールの裏世界。

そして光宙は元々エルドラール人。

魔法は想いや制約などでなんとでもなり得る。

魔力を常に集めつつ光宙は走っていた。

それでも俺たちから見ればそんなに速い訳ではないけれど、光宙のペースに合わせてやるか。

俺たちの感覚では割と余裕を持って走る事になった。

すると景色をゆっくり見る余裕も出てくる。

世界を調べるだけじゃなく、なんとなく散歩気分も楽しめた。

「お父さんアレ!」

みたまが指差す先には、稲が自生しているようだった。

「ほう。稲があるのか」

水田と言えるようなものではないけれど、ちゃんと田んぼになっている。

人がいないから綺麗な水田がある訳がないけれど、この世界の年代はもしかしたら天孫降臨の後なんだろうか。

だから一応水田の原型が此処にはあるのだ。

でも天岩戸は閉まっていたんだよな。

何にしても田んぼが無ければ、きっと日本という国は存在しない。

リセットワールドでも、そのうち田植えをやらなくっちゃな。

そして米を沢山収穫できるように。

それがきっとこの世界にとって良いはずだ。

俺はなんとなくそんな事を思った。


しばらく走っていると、今度は山岳部で沢山のセキレイを見つけた。

「セキレイが沢山いるのです!」

「そうなのね。尻尾を動かすのが可愛いのね」

セキレイか。

神話の中では神鳥とされている。

神々に子作りの方法を教えたんだよな。

‥‥。

生前暮らしていた日本は、少子化に苦しんでいた。

セキレイが沢山いたらそんな事にはならなかったかもな。

或いはセキレイが減ったから少子化になった可能性も。

少子化の可能性と言えば、もしかしたら女性から告白する事が多くなったのも関係しているかもしれない。

日本の神話では、男性からの告白や誘いが吉とされている。

女性からだと蛭子が生まれるんだよね。

女性が国家運営に多く参加している事も‥‥。

神話では、国を次ぐのは男が良いとなっているもんな。

思えば色々と神話を無視するようになっていた日本人。

なるほど、『国民が神話を忘れた国は滅ぶ』と云われているのはそういう事なのかもしれない。

神話には、当時の人々が大切にしてきたモノが詰め込まれている。

ソレを無視すりゃ、少なくとも国の形は変わるわな。

俺はそんな事を考えながら、光と風に包まれていた。

「アレは犬かしらぁ~」

「犬?!俺は犬のウンコじゃねーぞ!」

犬に対する過剰反応早!

それは直ぐに察した。

光宙は犬のウンコだったか。

つまり犬は親みたいなもんという訳だな。

「アレは犬ではない。狼じゃな」

「ほう。日本にも割と獰猛な動物がいるじゃないか」

といっても人間に対する警戒心は強く、襲ってくる事はほとんどない。

狼魔獣の場合は大抵襲ってくるけれどね。

「あまり可愛くないのです」

「出てきて損したのね」

一瞬少女隊が影から顔を出したけれど、直ぐに引っ込んだ。

こいつら本当に寝ているのだろうか。

ぶっ叩いても起きないのに、こういう時の反応だけは神がかっている。

‥‥。

神だったな。

俺たちは狼を横目に、特に何をするでもなく走り続けた。


そんな散歩のような探索が数日続いた。

そしてようやく俺たちは関東平野へと入る。

「この頃は海や沼地だったんだよな」

「この頃どころか、江戸時代まで沼地だったわよね」

俺はみたまとそんな話をしていたのだけれど‥‥。

そこには沼地に浮かぶ島のような大地が広がっていた。

俺はすぐに冥凛に地図を完成させてもらい、現代の地図と重ねてみる。

その島は皇居とほぼ重なっていた。

「どういう事だ?この島は現代の皇居と重なっている」

「なんで?埋め立てたのは江戸時代でしょ?此処にこんな場所は存在しないはずよね?何処かで海に沈むのかしら?」

その可能性は低いな。

ここから現代までは、基本的に海面は下がっていたはずだ。

尤もここ百年くらいは上昇に転じているらしいけれどね。

何にせよ、この後にこの場所が海に沈むとは考えられない。

「エルドラールと地球は、おそらくリセットワールドから大きな設定変更の無い世界だ。その両方から見てこの場所は明らかにおかしい」

「何かがあるのかしらぁ~?」

「分からん」

でも此処は入念に調べてみる必要がありそうだ。

「お父さん。多分なんだけど‥‥。もしかしてこの世界がお父さんの世界として既に動き出しているんじゃないかしら?」

「それって‥‥。既にリセットワールドではなく、俺の世界としての変化が始まっていると」

「時間は進んでんだから、変化があっても不思議じゃねーよな」

確かに。

この世界でだって時計の針は進んでいる。

いなかった住人だって、推古、光宙、ハチ公一号・二号・三号、そして幼女隊。

七人もいる。

だから世界に変化が起こり始めた。

しかも将来皇居となる場所に‥‥か。

「調べてみるの‥‥。何かを感じるの‥‥」

「何かを感じる?」

「そうなの‥‥。こっちなの‥‥」

狛里はそう言って陸地の中心地、現在宮殿のある辺りへと移動した。

俺たちも続く。

するとそこには‥‥。

「ダンジョンの入口か‥‥」

「この世界にもダンジョンがあるのねぇ~」

いや、おそらくだけれど、これは後からできたものだ。

「俺がカモになってこの辺りを飛んだ時は、こんなの無かった気がするぜ?」

「多分無かったんだろう」

リセットワールドとは既に違っている世界。

「中から何かを感じるの‥‥」

狛里が言うように、確かに何かを感じる。

誘われているような、俺が行くのを待っているような。

「お父さん、行きましょう」

「そうだな」

みたまは‥‥、何か感づいているのだろうか。

先ほどまでとは違って、確信を持ってそう言っているような気がした。

ダンジョンの入口は、高さ二メートルくらいのドアだ。

俺はそれを押し開けて中へと足を踏み入れた。

中は真っ暗で、俺はライトを付けた。

「中は本当にダンジョンねぇ~」

作られたダンジョンではなく、普通の洞窟のようだ。

ひんやりとした空気が流れてくる。

だけれど嫌な感じはしない。

「魔物の気配はないの‥‥」

「だな」

俺たちはゆっくりと先に進んでいった。

すると直ぐに突き当たる。

「何もないのじゃ」

「そんな訳ないと思うんだけど‥‥」

やはりみたまは何かを知っているようだな。

それにこの場所、何かを感じる。

「ここなの‥‥」

狛里はそう言って、突き当りの壁を思いっきりパンチした。

「おいっ!こんな所でそんなマジパンチしたら‥‥」

洞窟が崩れるかと思ったけれど、そんな事は無かった。

但し、それ以上の変化が俺たちを包んだ。

洞窟の中にいたはずが、辺りは一気に別世界へと変化した。

「なんじゃこりゃー?!」

「これはどういう事じゃ?見たこともない世界に変わったのじゃ」

光宙や推古が驚くのも無理はないか。

但し俺たちにとっては見慣れた世界。

「バグ世界ねぇ~」

「間違いないの‥‥」

「どうして‥‥、こんな事があるんだな」

そして目の前には、俺たちの家があった。

つまりこのバグ世界は、俺たちが知るバグ世界だと言う事だ。

エルドラールのバグ世界でもなく、リセットワールドのバグ世界でもなく、ウインバリアの、そして俺のバグ世界と繋がった?

俺は少しの間、ほんの数秒かもしれないけれど、長く感じる時間呆けていた。

するとみたまが現実へと引き戻してくれる。

「お父さん、これは多分、お父さんの創造する世界が動き出しているって事だよ。このリセットワールドだけじゃなく、バグ世界も、そしておそらく闇世界も含めてね」

「動き出している?創造が既に始まっているのは分かるけど、それとは違うのか?」

リセットワールドが俺の世界になった所から、既に時計の針は動いている。

でもここからどう創り上げるかは、これからゆっくりと決めていけばいいんじゃないのか?

「私も今思い出したのよ。まずは基礎となる世界、つまりリセットワールドを得る所から始まるの。そして次に起こる事、或いはやるべき事が、裏世界なんかも含めて総合した世界ビジョンを構築して独立させる事なのよ」

「独立?」

「今まではイスカンデルの闇世界、ウインバリアのバグ世界、エルドラールのリセットワールドでありお父さんの世界でもあったわよね」

「そうだな」

「今、異世界との繋がりが完全に切れて、お父さんだけの世界になったって事よ」

ちょっと待て。

そうするとどうなる?

「それって、俺の世界はもう完全な異世界になったって事か?」

「そういう事。完成していないのは、私の世界であるエルドラールも同じよ。リセットワールドは始まったばかりだけれど、自由に移動できない世界になったって訳」

「となるとぉ~、私たちぃ~、もうエルドラールにも戻れないのかしらぁ~?」

天冉の言う通り、そういう事になる。

でもみたまの回答は違った。

「そうはならないと思うわよ。いえ、普通の人はそうなるでしょうね。でもお父さんだったり、その女手だったりは別でしょうね。少なくともお父さんにとって此処は自分の世界な訳だし」

確かに。

みたまが憑依してとはいえエルドラールに来られたのは、自分の世界だったからなのだろう。

それに闇の家もバグ世界も、本来なら異世界だった。

だけれど俺の世界だから、狛里も天冉も来られた。

少女隊は?

彼女たちは俺と一心同体だからか。

「アレ?だとして、アーニャンはどうなる?バグ世界も闇の家も行けたんだけれど」

アーニャンは既に俺の秘密を知る仲間だし、セーブポイントも使える事から、闇の家やバグ世界への出入りも許可していた。

そして問題なく行けている。

「転生者だから?違うわね。多分アーニャンの能力に関係があるのかも」

確かにアーニャンならそれくらいできそうだ。

それにバグ世界のあったウインバリアには行った事もあるし‥‥。

もしかしたらアーニャンも将来は神になるんじゃないかと、俺はなんとなく思った。

もう既にみたまのような神の雛だったりしてな。

「そうなるとぉ~、もしかして此処にいない人とわぁ~、此処ではもう会えないのかしらぁ~?」

「それは淋しいの‥‥」

そういう事になるかもしれない。

正直俺は、俺の世界とは言え異世界の友人を入れる事にためらいを覚えていた。

ウインバリアの連中なら、セーブポイントを使ってこのリセットワールドや闇の家にも入れる事が可能だったかもしれないのに。

俺が入れなかったのは何故か。

ドッペルゲンガーだ。

同じ魂を持つ者がそこにいた場合、おそらく力の弱い方が最終的には吸収される。

七魅が苦しんだように。

では何故アーニャンには、闇世界やバグ世界へ入るのを許したのか。

転生者がモブキャラって事はありえないと思ったから。

まだ全てはあくまで可能性の話だけれどね。

大きくはハズレていないとは思うけれど、確認が必要だな。

「闇の家ももう繋がっていると思うか?」

「おそらくね」

「だったら此処が一番可能性が高いか」

俺は深淵の闇を発動した。

目の前に闇の穴ができる。

やはりな。

妖凛が間違いないと言っている。

「イスカンデルの深淵の闇だな」

「つまり、お父さんの世界は全て繋がったのね」

「とりあえず一旦戻って、全て確認していこう」

「そうねぇ~」

「分かったの‥‥」

天冉‥‥、狛里‥‥。

天冉はもう二度と旦那に会えない。

そして狛里は、イスカンデルに行けなくなったのかもしれない。

「その前に、この場所は一応拠点にしておきたいな。ダンジョンの入口を隠すように家を建てる。そしてセーブポイントも設置しておこう」

俺たちは頷き合い、バグ世界から出た。

そして直ぐに俺は家を建てる。

此処で暮らす訳じゃないから、最低限の小さな家にしておいた。

一応魔獣に襲われても大丈夫にはしておいてね。


それでその後、色々と試してみた結果分かった事。

まず、少女隊は無事イスカンデルに戻れたし、こちらに来る事もできた。

これはおそらく俺と一心同体であるからだろう。

狛里も問題なくイスカンデルに行く事ができた。

少女隊の作り出す深淵の闇、というか闇の家から戻る為の闇の家とのゲートを使ってね。

しかし猫蓮を含め、陽蝕も闇の家に来る事はできなくなっていた。

つまり転生者という肩書は関係がないと言う事だ。

そして少女隊と狛里以外にとって、闇の家によって作られるゲートは、ただの黒い場所となったようだった。

イスカンデルで使う深淵の闇に至っては、新たな闇世界へのゲートという事になる。

これはウインバリアでもエルドラールでも同じはずだ。

リセットワールドに来られるメンバー以外にとって、闇の家によって作られるゲートはただの黒い場所。

深淵の闇は新たな闇世界へのゲートという事になる。

リセットワールドで深淵の闇を発動した場合は、相対する俺の闇世界の何処かへと繋がっているようだった。

ウインバリアの連中がバグ世界に来られるかは、直ぐに確認はできない。

そのうちセーブポイントを使って来てくれる事を期待するしかない。

尤もセーブしていたかも謎で、奇乃子の力に頼っていたならもう来られないだろう。

それにそもそもウインバリアとの繋がりが失くなったのだから、来られないと考えるのが普通だ。

たとえ神だとしても、俺が自由に世界を移動できないように。

アーニャンは問題なく移動できた。

流石に時を駆ける少女だな。

エルドラールでの推古の召喚や、アーニャンによるハチ公の召喚も問題なくできた。

推古による幼女隊の召喚もね。

そしてリセットワールドの住人である推古・光宙・ハチ公の三人と幼女隊は、バグ世界だけでなく闇の家にも行ける事が確認できた。

当然と言えば当然だけれど。

それにしても、どうしていきなりこんな事になってしまったのか。

イスカンデルやウインバリアでは無かった展開。

リセットワールドが現れた所からこうなる可能性はあったのだろうけれど。

おそらくはエルドラールの神が死に、神候補までも死に、そして光宙が転生してきた事で動き出したのではないか。

神が死んだ後に、直ぐに神候補が死ぬなんて普通はないだろうし。

光宙はきっと異世界に転生するはずだったんだ。

しかし神も神候補も死んでバグが起こった。

完成していないリセットワールドへの転生。

このままでは世界が狂ってしまう。

世界はそのバグを修復しようと動き出してしまった。

異世界へと。

俺の憶測だけれど、そんな所だろう。

「不本意でしょうけどぉ~、世界が動き出しちゃった訳だしぃ~、そろそろ名前を決めておけばぁ~?」

「そうだな」

アルカディア、イスカンデル、ウインバリア、そしてエルドラール。

ならば俺の世界は‥‥。

「じゃあ、零界(レイアース)で」

『オ』から始まる名前を期待した?

それは次に行く世界にとっておくよ。

「零界‥‥。なんだか死者が行く世界みたいなの‥‥」

「一文字足りないわよねぇ~」

そんな事言うなよ。

あの大人気アニメをディスられてるみたいで辛いじゃないか。

「いいんだよ。住人が足りない寂しい世界なんだから」

こうして一応、リセットワールドにも名前がついた。

零界は全ての世界と切り離され、俺の世界として動き始めたのだった。

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