サメなのかワニなのか
新年を祝うのか。
それとも新年を迎えられた事を祝うのか。
今までと何も変わらない、大地と自然が残る新たな年にありがとう。
日本人には感謝の心が常にある。
だから時が流れても、日本列島の自然は残されてきた。
古の文明は、ことごとく砂漠化して終わっている。
日本人の精神は、多くの自然と共にあった。
しかし海外の精神が持ち込まれ、大切なモノが失われつつある現代。
できれば千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまで。
俺たちは紀伊半島の最南端を過ぎ、北寄りに進路をとった。
更に波は高くなり、気を抜くと船が転覆しそうだ。
今日の波が普段通りのものなのか、それともいつもよりも高いのか。
或いは低いのかは分からないけれど、とにかくこういう危険な中を進んでいったとしたら、神武東征は本当に命がけだったのだと思えた。
「お父さん!アレ!」
みたまが陸地の方を指差している。
見ると滝が見えた。
「那智の滝か‥‥」
不思議なものだな。
この滝は昔から、そして今でも変わらずに存在する。
滝だけじゃない。
この頃から存在する自然は、現代にも多くが残っているのだ。
文明国だと考えられない。
世界四大文明のあった場所は、人間が全て食い尽くして砂漠化しているのだ。
日本の砂漠は伊豆大島の裏砂漠しか存在しない。
青森や鳥取にあるのは砂丘。
日本は世界からみれば奇跡の地。
俺は感動で少し震えた。
「うー‥‥。サブイボができたよ」
「鳥肌ね。ちょっと感動するよね」
ちょっとどころじゃない。
やっぱ年をとると弱くなるのかなぁ。
俺は涙が出そうになるのを堪えた。
しかし感傷に浸っている場合ではない。
「そろとろ沈没しそうなの‥‥」
「不吉な事言わないでほしいのです!」
「そうなのね。言霊なのね」
「そうは言ってもねぇ~。そろそろ限界よねぇ~」
本当に、更に波が倍増しそうな勢いだ。
この辺りが限界か。
「お父さん!あそこ辺りなら上陸できそうよ」
「そうだな」
俺は頭の中で現代地図とリセットワールドの地図を重ねて場所を確認する。
新宮市辺りは確か、熊野村があった場所だ。
期せずしてそこは神武天皇も上陸した場所。
彼も此処までしかこられなかった訳か。
こりゃマジで伝説も間違いではないのかもしれない。
「もう少しだ。みんな気合で船を持たせろ!」
「魔法を使えば余裕じゃぞ?」
「魔法は使わない!過去の人たちに負けたくはないからな」
とは言え伝説の時代に魔法が無かったとは断言できない。
この辺りはまだ神話の時代と重なるからな。
神武天皇にまだ神の力が残っていたとしても不思議ではないし。
それでも俺は魔法抜きで上陸までもっていきたかった。
「死ぬ気で頑張るのです!」
「海に落ちても死なないのね」
「別に落ちても問題ないの‥‥」
「私はいやよぉ~。なんだか負けた気がするものぉ~」
いくらこの頃の海が信じられないくらいに綺麗でも、落ちたら塩水でベトベトしそうだな。
なんとなくそんな事を思った。
何にしても皆頑張って船を操り、気がつけば砂浜にたどり着いていた。
「ふぅー。なんとか死なずにたどり着けた」
「別に死なないのです」
「それは妃子が先に言ったのね」
確かに今はその通りだけれど、当時の人たちの気持ちを考えればホッとしたに違いないのだ。
いやマジで古事記に書かれたルートを辿ったとしたら神だよ。
「それじゃ一旦此処で休憩にするか」
俺は砂浜に携帯ガゼボを出して、作ってあった料理を異次元収納から取り出し並べていった。
食事を終えた後、俺たちは川にそって北上を開始する。
さてこの時代、この山を越える事はできるのだろうか。
或いは川沿いに行けば越えられるのか。
ここからはもう魔力を自由に使って先へと進む。
但し普通に進めそうにない場所は避ける。
昔の人が行けない場所を行っても意味はないから。
そしてしばらく行くと‥‥。
「どっちへ進むのが正しいのだろうか」
迷った。
神武東征はどの道を通ったのだろう。
俺は頭の中で地図を見直そうとした。
すると狛里が何かに気がついたようで。
「こっちに風が通っているの‥‥」
「ふむ。わしの野生の勘も、こっちだと言っておる」
俺の頭の中で地図と重なった。
十津川村辺りか。
此処は確か八咫烏が案内してくれる場所。
きっと狛里の感じた風も、推古の勘も正しい。
もしかしたらソレが八咫烏の正体だったのかもしれない。
「よしそっちだ」
俺たちはなんとなく思うがまま進んでいった。
気がつくと山を抜け、五条市辺りまでやってきた。
ここまで来ると橿原はすぐそこだ。
しかし神武東征は此処からまだ遠回りする。
太陽を背負って東から西へ行軍しなければならない。
「目的地は此処から北にある橿原だけれど、少し遠回りするぞ」
「吉野方面から宇陀を通らないとね」
「そうだ。そして現在の桜井市忍坂へ行って橿原だ」
とは言え俺たちの足なら一瞬だけれどね。
道は無かったけれど、俺たちには何故かそこが正しいルートであると確信できた。
太陽がまだ赤くなる前に俺たちは橿原へとたどり着いた。
「このルートは確かにあるな」
「かなり険しく困難な道のりだけど、確信が持てる気がするわ」
「この道を魔力も無い者たちがのう」
「一体何日かかるのかしらぁ~」
普通に移動するだけでもそれなりに掛かりそうだけれど、兵を大勢連れた行軍であり戦いもあった。
だから大阪についてからも二年はかかっていたかと思う。
それは逆にかかりすぎな気もするけれど、そこはやはり大昔の人々だからだろうか。
「これを何年もかけて行うとして、兵站もなく食料はどうしてたんだろうな」
「そんなに人口もない時代だし、その辺で色々と食べる物は調達できたんでしょうね」
「大丈夫なのです。コオロギでも食っとけばいいのです」
「そうなのね。なんならウンコでもいいのね」
それはお前たちだけだ。
つか少女隊は途中から影の中に入っていたのに、こういう話の時は何故か直ぐに反応してくるんだよな。
寝てるなんて嘘じゃないだろうか。
だいたいウンコがどうこう言うから、推古が少し俯き涙を流しているぞ。
光宙が傷ついてるじゃないか。
「冗談は置いといて、ウミサチヤマサチもいたような時代って所か」
「日本は災害も多い場所だけど、海と山があるもんね」
「私は生きていけないの‥‥」
「私も美味しいものがないと辛いわぁ~」
天冉はプリンセスだし、狛里も美味しい物を食べるのが生きがいな所があるからな。
弥生時代だと即死していたかもしれない。
「とにかくおつかれ。今日は引き上げて美味いものでも食うか」
「だったら家に戻るのじゃ。乙女と姫が美味い物を作ってまっておるじゃろう」
「そうなのか?だったらそうするか」
ちなみに俺たちの家は、地図で言うと京都市辺り。
飛べばまだまだひとっ飛びで行ける距離だった。
この後俺たちは食事をして、一旦エルドラールに戻り一日を終えた。
次の日は南方から上陸した体で行軍を検証する。
一応その前に現在の日下町、蓼津まで行って登美毘古とやった孔舎衛坂の戦いの場所を確認。
蓼津は神武天皇が上陸した生駒の麓ね。
そう呼ばれるのは、この時神武天皇が楯をとって戦った場所である事からきている。
名前が付いたのはその後だ。
そして南方辺りまで戻ってから上陸する。
まず目の前に立ちはだかったのは淀川だった。
「神武東征の頃なら、もう少し河口付近の陸地が広いはずだ。しかし淀川が幾つにも分かれていて、そこから渡るのは現実的じゃない。渡るなら一回で済ませるべきだろう。或いは南方から川を上った可能性はあるな」
「どう考えても淀川は渡れないわよ」
「魔法も使えないのよねぇ~」
「魔力がないと飛び越えられないの‥‥」
狛里と出会った頃、川はひとっ飛びしていたよな。
当然ソレをするには魔力が必要な訳で、神武軍の兵が全て魔力持ちでもない限り不可能。
「結局船で淀川を上り、ある所で東側に上陸するしかないわよね」
「だとすると、孔舎衛坂の戦いと同じような事がそこで起こる可能性があるな」
「山の麓で戦う人たちが、平地への上陸を許すはずもないわよね」
「仮に上陸できたとしても、ここから生駒の北側を廻って木津川市、伊賀、名張と行く事になる」
そこにはおそらく弥生時代とはいえそれなりの人が住んでいたはずだ。
兵士が行軍してくれば絶対に目立つし、直ぐにその地の豪族が動いていただろう。
俺たちはそれらの地を駆け抜けながら、流石にこのルートは無いと確信していた。
橿原には昼前に到着した。
割と平地も多いし、昨日行った場所と比べると遥かに移動がしやすい。
「結果から言うと、古事記の記述の方が現実的に思えた」
「そうだね。おそらく古事記はちゃんとあり得るように調整はされていると思うよ」
「或いわぁ~、それが本当に事実だったかねぇ~」
「事実かどうかは分からないけれど、今の俺たちは真実と受け止めておけば良いって事だな」
それにしても‥‥。
この世界は楽しすぎる。
エルドラールにある古事記でもいいからしっかり読み返して、時間をかけてゆっくりと調べたいな。
「とりあえず次は、西に向かって地図を埋めつつ白兎海岸に向かうぞ」
「因幡の白兎ね。そこで何か調べるの?」
「ワニだよ」
「ワニザメがどうかしたの?」
淤岐ノ島から白兎がワニの背中を跳んで渡ってきた。
その際のワニはワニザメであったと云われている。
しかし俺は本当にワニだったのではないかと考えているのだ。
「そうじゃない。本当のワニがいなかったのか。それを調べたいんだ」
この世界、今の所あまり凶暴な動物は見つかっていない。
だからいないのが当たり前の世界かもしれないけれど、だからこそこの世界にワニがいたら‥‥。
「つまりワニ探しなの‥‥」
「ワニのような危険な動物わぁ~、この世界にはいないんじゃないかしらぁ~」
「少なくとも今の所見つかっておらんの」
「だからこそ、見つかれば確信が持てるかもしれない」
実際に日本にはワニが住んでいた。
何万年も前の化石が見つかっているからね。
但し縄文時代や弥生時代の化石はない。
「まあどうせこの世界の事は調べていかないと駄目なんだ。興味のない人には悪いけれど、付き合ってもらうぞ」
「何かを探すのは嫌いじゃないの‥‥」
「そう言ってくれると助かる」
ハチ公や女王蜂を探すのは直ぐに飽きていたようだけれど。
色々と短い時間でやる分にはいいのかもね。
「了解。じゃあ一緒にサメも探すわね」
「そうだな。サメもワニもいなければ、何とも言えないからな」
そんな訳で俺たちは、まずは近畿地方兵庫方面の地図を埋めつつ、鳥取辺りまで移動していった。
白兎海岸につくと、淤岐ノ島周りの海でサメとワニを探す。
「さあ水に潜って探すのです!」
「そうなのね。みんなちゃんと水着は持ってきているのね!」
いきなりやる気満々だな。
つか偶には水着回もないと視聴者は納得しないだろう。
尤もオリハルコン人形である少女隊は、衣服も全て自分自身だから水着姿と言えるのかどうか。
少女隊は一瞬にして水着姿になる。
つか裸じゃねぇか!
「お前ら!ちゃんと水着くらいつけろ!」
「忘れていただけなのです」
「それに見られても所詮はご主人タマが作った体なのね」
「いやそうだけどさ」
まあ男は俺一人だし何も問題がないと言えばそうなんだけどさ。
気づくと狛里と天冉とみたまは水着姿になっていた。
狛里はリビングバンテージだから直ぐにこれくらいは可能だし、みたまは神だからなんとでもなるとして‥‥。
天冉は謎だ。
「わしも水着は無いし、裸で良いじゃろ」
「ちょっ!」
よく考えたら推古の中には光宙がいるじゃねぇか!
「菜乃!妃子!此処には俺以外に光宙って男もいるんだぞ!」
「ウンコなのです!」
「ウンコに裸を見られて恥ずかしがる人はいないのね」
確かにウンコするたびに恥ずかしがる人はいないよな。
それで納得しておこう。
良いのかそれで?
もう深く考えても仕方がない。
俺はそのままの格好で海へと飛び込んだ。
よく考えたら水に濡れないようにする事なんて、俺には朝飯十回くらい前だったよ。
そんな訳でみんな自由に海中へと入っていった。
さてサメとワニか。
ワニは淡水で生きるものもいれば、海水でも大丈夫なヤツもいる。
現代でも日本にワニの死体が流れ着いたりするしね。
果たして見つけられるだろうか。
すると直ぐに海面に飛び出て菜乃が声を上げる。
「サメがいたのね!美味そうなフカヒレがあるのね」
「おっ!早速サメがいたのか」
「妃子が先に見つけたのね!妃子のものなのね」
「はいはい。どっちでもいいよ」
サメがいるとなると、海には獰猛な生き物もいるって訳だな。
とはいえ見つかったのは小さいサメのようだけれど。
名前は知らない。
「こっちにもおったのじゃ」
推古がサメを両手で持ち上げていた。
前が丸見えなんだよ。
元々蜂だし完全な人間じゃないとはいえ、見た目はすっかり人間。
目のやり場に困るな。
「と心の中で思いつつガン見は駄目よ」
「うっ」
流石我が娘。
少女隊並に心を読みやがる。
「別にいいけどね」
いいのかよ!
娘の許可もおりたし、ガン見を継続‥‥。
しようと思ったけれど、推古は既に海に潜っていて姿がなかった。
それからもしばらくターゲットを探していたけれど、この辺りではサメもワニも見つからなかった。
みんな能力が高いから、この辺り一帯を探すのなんて楽勝なんだよな。
もう少し沖を探したら打ち切るか。
そう思って一気に沖に出た時、俺はそれを見た。
サメがワニを咥えて海中深くを泳いでいるのを‥‥。
「ワニだ‥‥」
「いたのねぇ~」
「でも死んでいるの‥‥」
海中で普通に話すのはやめてくれ。
読者が混乱する。
一応説明しておくと、俺たちは水中でも話せるんだよ。
魔法でね。
ちなみに当然呼吸も可能よ。
「現代でも死体が日本に流れ着く事はあるんだよな。だけど今日探しただけで見つかったのは事実」
「いなかったと完全に否定はできないわねぇ~」
「目の前にいるの‥‥」
そもそも何故サメをワニと当時の人は言ったのか。
そして何故その後サメと言い換えなければならなかったのか。
ワニに似ていると思ったのなら、ワニを知っているって事になる。
何処でそれを見たのか?
知ったのか?
本当にサメをワニと言っていたのなら、きっとワニを知っていたんだ。
それに古事記を編纂したのは奈良時代。
その頃なら本物のワニの存在を間違いなく知っていたはずだ。
なのにあえてサメをワニと書く必要はあったのだろうか。
「これで十分だろう」
古事記に出てくるワニは、本当にワニだった可能性がある。
とは言え本当の事なんてもう調べようがない。
過去には行けないのだから。
もし行けたとしても、そこは厳密には同じ世界の過去じゃない。
「ワニ、いたんだね」
「おう、みたまか。少なくともワニはいたんだ」
「捕まえるのです!」
「そうなのね!ワニ皮のバッグを作るのね!」
俺は二人の首を掴んで止めた。
「戻るぞ」
「今日はフカヒレ食べ放題なのです!」
「そんなに美味しくはないのね!」
「そうだな」
フカヒレってそんなに美味いもんじゃないよな。
調理が上手ければ美味しくできるだけで。
海の底へ向かうワニを咥えたサメを見送り、俺たちは陸地へと戻った。
砂浜には何匹かのサメが横たわっていた。
先ほど見た大きなサメはいない。
「フカヒレ食べ放題?」
「やっぱりさっきのサメを捕まえてくるのです」
「ワニも食べられるのね」
「もうみつからないわよぉ~」
天冉が止めても、少女隊の二人は海へと飛び込んだ。
全くアイツラは。
俺は連れ戻しに行こうとした。
しかし二人は直ぐに戻ってきた。
「ご主人タマ!海のウンコを見つけたのです!」
「そうなのね。気持ち悪いのね」
「なんじゃそりゃ?」
俺は二人が持っているものを確認した。
「どう見てもウンコなのです」
「臭くはないのね」
「そりゃナマコだな。よし、それも食べよう」
「ご主人タマ、ウンコを食べるのです!」
「エンガチョなのね!」
「何処でそんな言葉を覚えたんだよ」
俺の記憶の一部はコイツラが持っているんだよな。
「ナマコは美味しいのよ。帰って酢漬けにしましょう」
みたまがそう言うと、少女隊はとても嬉しそうに声を上げていた。
「ウンコを食べるのです!」
「美味しいウンコなのね!」
楽しそうな二人を見ながら、推古‥‥というか光宙だけが沈んでいた。
この日リセットワールドの家に戻ってから、しっかりフカヒレとナマコは食べたよ。
美味しゅうございました。




